お月見のあとで -創作覚え書き-
新しいお月見 主催の第2回 お月見コンテスト。
参加するために書いたのは、小説でした。
だって、新しいも何も、わたしには昔ながらの「お月見」の経験すらなくて、イメージ上のものでしかなかったから。満月を見上げれば年齢に関わらず多少なりとも感傷的になるし、美しい月模様の撮影も試みたけれど、それ以外に語れるものが何もない。それならばフィクションでチャレンジしてみようと思ったのです。
■応募作品「海原に架ける」
いつもであれば、エディタか紙のノートに、人物メモやかんたんな構成などを起こしてから書きはじめることが多いのです。でも、今回はちょっと違って、不思議な感覚を覚えながら書きました。
・・・というわけで、今夜はこの小説の覚え書きです。少々長めなので、お時間のあるときにどうぞ。
1.書き出す前に-さて、何を書こう?
#新しいお月見 というお題に思い浮かんだのは、ありふれた発想だけれどWEBお月見でした。
新宿副都心のビル群から月が出てくるのを見たいなぁって思ったので、WEBマップで新宿から西へ移動しながら、八王子の高層マンションに舞台を設定しました。ここからなら、すっきり晴れていたら富士山の稜線に沈む夕日を見られるかも。いつの時代も変わらない富士を染める夕日、カクカクした人工的な地平線からのぼる満月。きっとずっと眺めていられる景色。
2.主人公はどんな人?
WEB会議システムになじみがなく、画面のなかのお月見を確実に斬新に感じるのは、高齢者。それに、WEBお月見=大切な人と離れて暮らしていて、一緒にお月見ができないということ。そのあたりを考えて、昨今の感染症で外部の人の立ち入りが制限されがちな、介護サービス付き高齢者マンション(サ高住)に入居している女性を主人公にしました。
そこまで考えた時点で、冒頭のマンションのベランダのシーンが頭に映像として浮かんでいました。わたしは主人公の珠江にもぐっていきます。乾いた秋の風を感じ、暮れていく空のグラデーションを眺めます。部屋のなかで、WEB会議の準備をととのえる介護スタッフの気配も感じています。
映画やドキュメンタリーを見ているように、脳内に映像が流れるのをあわててエディタに書きとめます。冒頭の数行に続けて、WEBお月見のシーンを書きました。
そのあと用事でデパートへ出かけたんです。そこで、素敵な女性を見かけました。
肩ほどの長さの白髪をうなじでひとつに結び、細い身体にパステルブルーのカーディガン、ライトグレーのミモレ丈のフレアスカート、ちいさな襟の白いシンプルなシャツをお召しでした。背筋がしゃんと伸びていて、商品を手にとり、にこやかにスタッフに話しかけて。彼女の立ち居振る舞いはとても美しかった。
珠江のビジュアルイメージは、彼女に決まりました。
とはいえ、いきなり おばあちゃんとWEBお月見をするなんて、けっこう突飛ですよね。その家庭でずっとお月見が年間行事としてあって、子や孫に受け継がれていることが前提になってしまいます。ちょっと無理があるかなぁって、書きながら思っていました。そこで思いついたのが、白寿のお祝いです。お祝いを兼ねてお月見をする。それなら可能性があるかと。
白寿ということばを初めて読むかたもいらっしゃったかもしれませんね。長寿のお祝いのひとつで、99歳のお祝いのことです。ほら、百から一を引くと99でしょう? だから「白」寿というらしいです。
こうして、珠江の年齢は99歳に決まりました。
3.主人公の名前はどうする?
そうそう! 珠江珠江って書いてますが、登場人物の名前について。人物名って、いつも検索しながら決めるんですけど、いくつかマイルールがあります。
・読みやすいこと
・奇抜な名前ではないこと
・どこにでもいそうな名前であること
・その時代に溶けこむ名前であること
わたしの作品に限定してお話ししますね。
読みにくい奇抜な名前をつけると、ストーリーが名前負けするような気がするのです。発想力が乏しいのも手伝ってか、わたしの描く物語はつねに日常の延長線。物語そのものにパンチがないんですよね。名前が強すぎると、ストーリーのコントラストが弱くなってしまうんです。だから、名前は目立たない記号のようなものにしています。名付けるのにあたって、漢字の意味は考えますが。
4.映像が動きはじめる瞬間って?
99歳ということは、珠江は戦争経験者です。終戦時に23歳。当時の感覚でいけば、結婚や出産をしていた可能性もありますよね。
ここでまた映像が浮かびました。戦時中の国民服と帽子をかぶった男性の姿です。
そうだ。若い珠江とこの男性のお月見を描こう。そう思いました。いわゆるトラディショナルなお月見ではなく、物資に乏しかった戦時中の、若いふたりらしい衝動的で情動的なお月見。
映像が動きはじめます。
西日の射しこむの土間の台所、立ちのぼる湯気。前掛けをつけたもんぺ姿。歯のすり減った下駄。国民服を着た仕事帰りの夫、結婚当日まで言葉を交わすこともなかったかもしれないふたりの空気感、言葉づかいや気づかい。茜色の町並み、暗い森、幻想的な銀色のすすき野原、その光と影。若いふたりの健康的な肉欲。
脳内を通り過ぎてゆくそれらを書きとめながら、徹底的にきよらかに、うつくしく表現しようと心がけました。二度と再現できない愛する人とのお月見は、記憶のなかで美化されていったはずですから。
「この想い出さえあれば、一生生きていける」っていう体験があるのって、とても強いと思ってるんです。何か豪華なプレゼントをもらったとか、遠くへ旅行に行ったとかではない、日常の延長線上のちょっとした非日常のふたりの世界。そういうものが、きらめく想い出になることだって、きっとあるはずです。
こころに深く刻まれるのは、そこで起きたことよりも、それを演出しようとした相手の想いだったりしますよね。
5.描く場面と捨てる場面って?
やがて珠江の夫は召集され、戦地で帰らぬ人となります。南方で全滅した帝国陸軍の師団を検索して、「この師団に召集されたことにしよう」と決め、赤紙が届く瞬間を描きました。ビルマに渡ってからの過酷な行軍と飢えとの戦いは、珠江からは見えない部分ですので、思い切って書くのをやめました。
最初に思い浮かんだ珠江の再婚相手は、正二郎の弟でした。当時、戦死者が出た家では、よくあったらしい話ですから。でもね、そういう「産む道具」と見なされた嫁を描くのは、どうしても抵抗があって。だから、森さんに再登場してもらいました。
戦後の森とのおだやかで幸せな家庭についても書きたかったのですが、あまりにも長くなってしまいそうだったので、そのあたりも書くのをやめて、正二郎と結びつくエピソードのみにしました。白寿のお祝いやWEBお月見の様子を見れば、愛ある家庭をふたりが築いたことはにじみ出るはずなので。
6.タイトルやヘッダー作成は?
デパートから帰ったあと、珠江に憑依されるような感覚で一気に書きあげて、そこから数日かけて推敲しました。PCのエディタで書いて、スマホで読み、ひとりきりの休憩室でぶつぶつと音読して。散々見直したにも関わらず、公開したとたん、おとちゃんが誤字を見つけてくれたのですが(おとちゃん、ありがとう!)。
推敲の段階で、あたまの片隅ではタイトルをずっと悩んでいました。普段は仮タイトルをつけて書きはじめて、途中でタイトルが確定するのですが、今回は仮タイトルもなく、エディタのタイトル欄にも #新しいお月見 とだけ入力して、そのまま最後まで書ききってしまったので。
お風呂で湯船につかりながら、下書きを読み返していたときです。ふと「海原に架ける月」ということばが思い浮かびました。「戦場にかける橋」(映画)と響きが似てるなぁって思ったし、お月見を中心にすえた話なので、「月」をタイトルから外しました。
せっかく浮かんだタイトルを忘れないように、あわててエディタのタイトル欄を書き換えます。スマホって便利。
タイトルは決まったけれど、そこで「?」となりました。海原に架けるのが「月」だということも、海原が戦死した正二郎との「越えられない境界線」であることも、読み手はきっと察してくださるだろうけれど、ちょっと弱いなぁと。そこで、ひとつエピソードを足しました。こどもが寝静まった夜中に、珠江が地球儀でビルマを探すシーンです。書き終えて、全体をもう一度見直して、推敲を終えました。
仕上げにCanvaでヘッダー画像を作ります。ヘッダー画像は、本の表紙のような感覚(もちろんデザインは全然違いますが)で作っています。タイトルのフォントが違うものを10パターンくらい作って、最終的に「こころ明朝体」に落ち着きました。背景の満月はCanvaの無料グラフィックです。(ちなみに、今回の記事に出てくる画像やGIFもCanvaで作っています)
7.さいごに
こうやって改めて書きだしてみると、今回の小説は、珠江に書かせてもらったんだなぁっていう気がします。おとちゃんには「珠江に憑依されたように書いた」と話したのですが、まさにそんな感じ。
物語の骨組みから映像を思い浮かべることはあっても、映像が先に流れる感覚ははじめて。
今までにない、不思議な創作体験でした。
舞台裏をつらつらと書きましたが、これ、公開するのってけっこう勇気がいることですね。
わたし自身はね、誰かの舞台裏を覗くのって好きなんです。思考のプロセスや準備を垣間見て喜ぶファン心理みたいなものなので、文章に限らず、映画や舞台や音楽や、様々なプロダクトに至るまで、好きな何かであれば、製作プロセスを知るのが楽しいんです。作り手の熱を知るというか。
だから、そんなマニアックなわたしみたいな気持ちで読んでくれたあなたに、この覚え書きをささげます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
🌙三日月賞の賞品がとどきました🌙
「海原に架ける」は、お月見コンテストで三日月賞をいただきました。
授賞発表から数日後、素敵な賞品が届きました。まだ味わっていないけれど、味わったらなくなっちゃうから、こちらも記録しておきます。
■佐久間茜さんのポストカード
#新しいお月見 用に描かれた、佐久間茜さんのポストカード。授賞発表から数日後、事務局から賞品に先がけてこれが届きました。写真以上に質感も色合いも素敵なんです。
この絵の邪魔にならない額を選んで、飾ろうと思っています。
■都農ワイン Hyakuzi エクストラ セック カーボネイティッド
宮崎の地で1本の苗と1本の台木からブドウを増やし、尾鈴ぶどうを誕生させた伝説の人「永友百二」さんの名前を冠した、フルーティーで、やや辛口のスパークリングワインだそうです。
おとちゃんと楽しみにいただこうと思っています。
作品を読んでくださったみなさま、#新しいお月見 事務局のみなさま、ありがとうございました!
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!