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わたしはダメなファンだから ー2023.5.9 観戦記@長良川球場ー

 わたしはダメなファンだから、勝ちにはこだわらない。
 CBCの若狭敬一アナウンサーが、彼のラジオ番組「若狭敬一のスポ音」のなかで、ドラゴンズファンのことを「ダメ男に惚れた女性」に例えていたのを思い出す。負けて負けてひどい仕打ちを受けて、もうファンをやめてやる!って思うのに、たまに快勝してめっちゃ優しくされたりするから、どうしても観てしまう・・・ということらしい。言い得て妙とはこのことだと膝を打った。

 強くなれ!とハッパをかけるファンたちに比べたら、わたしはかなりダメなファンにちがいない。

 

 

 昨夜、長良川球場で野球を見てきた。毎年の高校野球でも、1年前の社会人野球でもなく、中日ドラゴンズvs広島東洋カープの試合を、おひとりさまで。

 球場のある岐阜メモリアルセンターは、岐阜未来博という地方博覧会の跡地で、野球だけでなくサッカーやプールや陸上など様々な競技場をぎゅぎゅっと集めた、緑ゆたかな大きな公園になっている。
 16時開場の90分前に駐車場に車を停めて、公園へ入っていくと、すでにドラゴンズブルーと白のユニフォームに身を包んだたくさんのファンたちが、椅子やレジャーシートを広げて、あちらこちらでくつろぎながら昼酒を楽しんでいる。
 わたしも、本を片手に木陰でくつろぐ。


 5月特有の、暑いのだけれどさらっと乾いた風が前髪を揺らし、背の高い木々のなかでちょっと鳴き方が上手になってきたうぐいすがさえずっていて、そこらじゅうから野球談義やこどもたちの声、ほろ酔いの応援歌が聞こえてくる。
 このまま、ずっと芝生で昼寝していたくなる昼下がり。

 開場の長い列が短くなるのをじっくり待ってから、デッキに上がる。実は、ここは娘たちが高校野球の最後の夏を迎えた球場で、このデッキはラストミーティングのあと、みんなそれぞれに泣きはらしたパンパンの目元で、最後に家族ごとの記念写真を撮った場所。
 ここに立つだけで、あの日の試合の流れ、ファインダー越しに見ていたこども達の生き生きしたプレーや諦めないベンチの声、悔し泣きの表情・・・いろんな記憶がいっぺんに押し寄せて、胸がぎゅっとなってしまう。

 押しくらまんじゅうのように通路を歩いて席に座ると、ブルペンの真ん前だった。ふだんのバンテリンドームナゴヤでの観戦では、絶対に見ることができないブルペン。先発の福谷浩司が現れるとわぁっと歓声が上がり、遅れて捕手の木下拓哉が現れると、キノタクー!木下選手ー!木下さーん!などと口々に客席から声が上がる。

 美しく整備された土と芝生のうえにはやがてスタンドの影が長く伸びて、ナイター照明がきらきらと輝きだす。空は藍のグラデーションとなり、いつの間にか雲もない吸い込まれそうな夜空になった。レフトスタンドの向こうには、黒く大きな金華山のうえに岐阜城がライトアップされている。

 ドームでの試合にくらべると、観客席にはこどもや赤ちゃん連れの若い家族や、おじいちゃんおばあちゃんの姿が目立つ。わたしの席の左隣にはカメラを持った娘さんとお母さん、右隣には年配のおじいちゃんふたり、その向こうの通路を挟んで斜め前には、石川昂弥の大きなユニフォームを着てグラブをはめた小学生男子。
 その少年の熱量がすごかった。選手を見かけるとすぐに、声がわりしていない高い声で名前を叫ぶ。選手たちはこどもの声には敏感だから、少年を振り返って手を振ったり、会釈したりする。次第に周囲のおとなたちは、「いいぞいいぞ!」「もっと声かけてよ。君のおかげで選手たちの笑顔が見れるから!」と、いい雰囲気になっていく。

 試合は両チームともにランナーは出るものの得点の入らない、まるでサッカーみたいな渋い展開。でも、ドームの比較的静かな内野席に比べたら、すごく内野席の熱量も高くて、応援歌を歌っているひともたくさんいるし、応援のかけ声がつぎつぎに上がる。


 

 左隣のお母さんが、わたしに声をかけた。
「特別に応援されてる選手とか、いらっしゃるんですか?」
「大島さんです」
「大島さんは必ず試合に出られるから、見に来たときにがっかりしなくていいですね」
「でも、最近はスタメン外れる試合もありますから、ドキドキしてますよ」
「応援歌もみんな歌ってみえるし、よく球場に行かれるんですか?」
「昨年からはけっこうドームへ行けるようになりましたよ。子どもたちがみんな社会人になったので。娘が東京で就職したので、今週末はヤクルトファンの娘と神宮へ行く予定にしてるんです」
「わぁ、いいですね! そういうとき、どこで見るんですか? ケンカになりません?」
「バックネット裏で仲良く見ますよー。ドームへも以前から娘とヤクルト戦を観に行ってたので。どっちが勝っても負けても、うちはあまり気にしないんです。プロの選手のプレーを見られたら、もう満足で。・・・娘は野球部のマネージャーだったんですけど、この球場が最後の夏の大会だったんですよね。だから、ここに座っていると、なんだかいろいろ思い出します」
「え? うちの娘も野球部マネだったんです! 何年前ですか?」
「えっと・・・何年前だっけ? あ、101回大会です! 昂弥や岡林くんと同学年」

 すると、岡林勇希に望遠レンズをむけていた娘さんが言った。
「え? じゃあ、もしかしたら、どこかで一緒になってるかもしれませんね」

 野球部のマネージャーは、対外試合の試合中はたくさんの仕事がある。ベンチ内で記録員としてスコアをつけるマネージャー、そして、放送室で電光掲示板の設定をしたり、アナウンスをしたり、BSO(審判の判定にそって、ボール・ストライク・アウトのランプを点灯させる役割)をしたりするマネージャー。放送室のなかでは、対戦校のマネージャーといっしょに仕事をすることも多いし、高校野球連盟のアナウンス研修などで同席することもある。

 いろいろと話しているうちに、わたしが娘の出身校を口にすると、お母さんも娘さんも同時に目を見開いた。
 娘さんはわたしの娘によくお世話になったと言って、自己紹介を始めた。短いその自己紹介のはしばしに、聞き覚えがあった。1学年下の、他校のマネージャーさん。
「もしかして・・・もえか(仮名)ちゃん?」
「そうですそうです! え、名前知ってたんですか?」
「娘からよく聞いてました。うちの子達の大会のあと、動画作ってくれたでしょう?」
「そうですー!えー、うれしい!」

 世間はせまいって、このことだよね。
 整備のあいだにもえかちゃんとインカメで自撮りして娘に送ったら、「なにこれ、どういうこと? ウケる笑笑」と返事がきた。


 

 2020年から中止が続いていた岐阜の夏の風物詩、長良川の花火大会も、とうとう今年、形を変えて復活するらしい。

 実家から徒歩3分で打ち上げ会場のこの花火は、ふるさとの自慢の花火大会だ。首が痛くなるくらいに真上ではじける花火は、夜空いっぱいになるほどに大きくて、青春の思い出がつまっている。

 球場では整備の時間を利用して、その花火大会の告知を兼ねて花火が上がった。隣のおじいちゃんコンビは「こんなん俺の家からなら、どれだけでも見れる」とぶつぶつ言っていたけれど、最後の瞬間だけは息をのんだ。
 名前は知らないけれど、数ある花火のなかで、わたしがいちばん好きな、色のない最後にうつくしく煌めく花火。

 両チーム無得点のまま進んだ試合は、8回に動いた。左中間へあわやホームランかと思うようなカープ・秋山翔吾の2塁打のあと、1アウト1・2塁で野間峻祥にタイムリーが出て、カープが1点先制。
 一瞬はシュンとしたものの、ファンは諦めなかった。
「祖父江ー!」
「がんばれー!」
「ソブさん、がんばれー!」
 あちらこちらからエールが聞こえる。

 祖父江大輔の名前を叫んだわたしを、隣のおじいちゃんが軽く野次った。
「ほらー、もっと黄色い声で叫べ!」
「いやいや、わたしオバちゃんやで、そんな黄色い声 出んてー」 
「出る出る! ほうしたら選手もこっち向くで」
「いやいや、こっち向いてほしいんじゃないんやて。声はね、ソブさんの背中を押せばいいの。ほら、おとうさんも声出して応援してあげて!」

 おじいちゃんに合わせて、昔ながらの岐阜弁でしゃべったわたしと、隣の見知らぬおじいちゃんとのやりとりに、周りの人たちはくすくす笑った。


 

 ブルペン応援席からの見どころは、目の前でどんどん入れ替わって肩を作っていくリリーフ陣の試合の過ごし方だった。最初はパイプ椅子をブルペンに広げて座って試合を見ていて、試合の進行状況に合わせて、ストレッチをしたり、ブルペンのなかを走ったり、肩を作ったり。
 ライデル・マルティネスの身体の大きさ、谷元圭介を軽々と抱き上げるチカラに驚き、名を呼ぶ少年への笑顔に喜んだあとは、座らせた捕手めがけて投げこむ彼のストレートの速さに、心の底から感動した。プロのピッチャーって凄い。本当に凄い。目がついていかない。こんな球を受けてるブルペン捕手も凄いし、この球を打ちかえせるバッターはもっと凄い。

 結局、試合はそのまま0-1で、われらがドラゴンズは負けてしまった。すぐに始まったヒーローインタビューは、放送設備の接触が悪かったのか、ピーガーピーガー騒音を立ててうまく会場には流れなくて、こんなこともテレビ中継が入ることが少ない地方球場ならではのことだと、面白かった。

 周囲の人たちに「ありがとうございました!」と挨拶して席を立とうとしたら、隣のお母さんが言った。
「負けちゃったけど、今夜は盛り上がってすごく楽しかったですー!」

 ほんとにね、楽しかった。
 粘って粘って最小失点に押さえた投手陣に比して、得点圏にランナーを進めてもここぞの一本が出ない打線は、たしかに悔しいのだけれど、ぜんぜん負け惜しみじゃなく本気で楽しかった。
 あぁ、楽しかった夜がつめたい夜風に心地よく溶けていく。 

 駐車場まで戻る道すがら、球場の夜景を眺めて思った。
 こども達の最後の夏を思い出してぎゅっとしてしまっていた長良川球場。とても大切な思い出だから、あの日の暑さも涙も思いも一生忘れないけれど、もう、せつない思い出だけじゃなくなった。ブルペン前で笑っていた赤ちゃんや、素敵な少年、不思議な偶然に驚いた隣の母娘と、隣のおじいちゃん達・・・見知らぬファンの人たちと、夜風に吹かれながら見たナイターが、とても楽しかったから。

 このエッセイが予約投稿される20時もまた、ダメ男に微笑んでもらえると信じて、わたしはバンテリンドームナゴヤにいる。
 カンフーバットを握りしめて。

 

ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!