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晴れの日、白くかがやく月に寿ぐ言葉

「うわうわうわうわ! お母さん、大きなカメラ持ってるねぇ! いっぱい写真撮った? まだ? 今日成人式だったの? うわぁ、可愛いねぇ。可愛い! ほらお母さんと写真撮ってあげるから、そこならんで! はい! スマホある?」

 ここまで機関銃のようにしゃべり倒すおばちゃんを、わたしはおとちゃん以外には久本雅美か上沼恵美子くらいしか知らない。・・・はずなのに、出会ってしまった。しかも神社の境内で。年のころはわたしと変わらないくらいに見える。
 太鼓橋の脇をとおり拝殿へと向かう石畳のなかほどで、息継ぎもせず喋りかけてきたその人は、神社の法被はっぴを着ていた。


 ここは、春には参道の桜がうつくしい、わたしの通勤路にある古い神社。


 ハイテンションで畳みかける彼女にスマホを渡し、晴れ着姿の娘とふたり、拝殿を背にほほえむ。まだお詣りしていないのに、神様にお尻を向けて写真を撮られてていいんだろうか?という疑問が一瞬頭をかすめたけれど、彼女は少しも口をつぐまない。

「ほらほら、正面向いてたらつまらんから視線はずし? あぁ、まず向き合ったらええわ。ちがうちがう! 身体は正面で、顔だけ向き合うの。あぁ、いいいい。それよ、それ! うん、よし、可愛い! あ、カメラでも撮るぅ?」

 わたしのカメラでも写真を撮ると、彼女は「よしよし。いい写真撮れた! さぁ、いっぱいあちこちで撮影してってね。もう陽が暮れちゃうから!」と笑顔で社務所へ戻っていった。地元ではかなり古い神社だけれど、宮司以外の神職も見かけないちいさなお社だから、きっと宮司さんのご家族だろう。名前も呼び方もわからないので、「おかみさん」と呼ぶことにする。



 本当は午前中にお詣りするほうがいいと思っていたけれど、あいにく午前中は娘が友達と別の大きな神社で待ち合わせていたので、地元の神社に来るのは成人式終了後の夕方になってしまった。
 西日が射し込む拝殿で、無事に二十歳をむかえた娘とならんで神様に手を合わせる。フォトスポットを探して晴れ着姿の写真を撮り終え、車へ向かったそのとき、静かだった境内に車が入ってきた。降りた晴れ着姿の女の子の様子をうかがいながら、娘がおそるおそる声をかける。マスクというのはこういうとき厄介だけれど、中学時代に同じ部活に入っていた仲間だった。その子のお母さんもまじえて話をしていると、またおかみさんが小走りで出てきた。

「ええええ! お友だち? そうなの? んじゃ、ふたりで写真撮ろう! おばちゃんのインスタに写真アップしてもいい? 顔は出さないからさ。うちの神社、インスタはじめたのよ。娘にはダサいダサいって言われ続けてるけど、頑張ってんの。ほら、見て! 頑張ってるでしょ? 自分で言わないと誰も言ってくれないからね、自分で言うの。そうね。ふたり手をつなごう。手をつないで、ここからあっちまで歩いてみて」

 ほぼ5年ぶりに会った同級生と手をつなぐ気恥ずかしさと、早口でまくしたてるおかみさんの陽気な言葉に押されて、娘たちは帯の背を反らして爆笑している。初対面の母たちも顔を見合わせて笑ってしまう。
「さぁさぁ、行くよ!」とおかみさんは手をつなぐ振り袖娘を拝殿へ向かって歩かせ、後ろ姿をiPhoneで撮りまくっている。

「いいねぇいいねぇ! そのままちょっとこっちを振り返って! う~わ、可愛い! そのまま背中合わせになってみよう! 目線は空ね。いいねぇ! 素敵!」

 まるでテレビで見るファッション誌のグラビアカメラマンのような声かけに、わたし達の笑いは止まらない。初対面だったお母さんと「モデルさんみたいね~! 楽しいね!」と話していると、おかみさんはスマホを娘たちにかざしたままくるっと振り返り、「撮った? 撮ってる? お母さんたちも撮らなきゃ!」と言ってくれるのだけれど、いやいや、わたしのファインダーには、おかみさんの頭もスマホも写り込んでしまうのだよ。撮影風景のスナップを撮ってる感じでーす。
 でも、いいんだ。
 ちゃんとトリミングするし、なんてったって、おかみさんがみんなをあんなにいい笑顔にしてくれてるから。

「あっ! 三日月! お月さまと撮るのもいいよね! うわぁ、きれい! めっちゃいい!」と、おかみさんは娘たちの足もとへしゃがみこむ。三日月というにはけっこう太っちょなお月さまが、紫がかったうす青の空に浮かんでいる。母たちも、あわててカメラやらスマホやらを構えてしゃがみこんだ。



「撮ってくれた写真、エアドロしてください!」
「あ、エアドロね。エアドロエアドロ・・・エアドロでしょ? って、どうやるんだっけ? おばちゃん、年だから娘に聞いてもすぐ忘れる。ちょっとやって!」
「うふふ、はい。触りますね」
「エアドロって、なに?」
「あぁ、iPhoneどうしでやれるやつです。近くにいれば、メールアドレスとかLINEとか知らなくても、写真とか動画とかを送れるんですよ」
「へぇ~! そんな機能あるのね。わたしも娘もAndroidだから知らなかった」

 娘のiPhoneに無事に写真がAirDropで送られると、おかみさんは笑って言った。
「いやぁ、楽しかった! ありがとうね~! 来週は和太鼓の奉納があるから、よかったらまた来て!」
 圧倒的な熱量がスマホを頭上でひらひらさせながら去っていく。おかみさんは登場も素早いが、去り際も鮮やかだった。急に静かになった境内に残されたわたし達は、写真を送る約束をして早々に車へ乗りこんだ。

 砂利の音を響かせながら車で境内を出ると、娘が言った。
「ハンパなかったね。でも、楽しかった!」
「本当にね。楽しかったね! 1年分笑ったような感じがしたわ」


 朝からヘアメイクだ着付けだ待合せだ成人式だと走りまわり、あちらこちらへの送り迎えにあけくれた一日の終わり。終始笑顔でまくしたてるおかみさんの言葉は、すべてポジティブだった。成人式の日に降り注がれた「陽」の言葉たち。晴れの日にふさわしい、成人を寿ことほぐ言葉。
 神社の清らかな空気とおかみさんの爆笑パワーで、わたし達4人はきっと清められたんだと思う。来る前と後では全く違う。とても満ちたりていて、最近感じたことがないくらいにすがすがしい気持ちになっていた。
 おかみさんのおかげで、完璧な一日の終わりかただった。

 きっとおかみさんは、朝から晴れ着で訪れる参拝客みんなにおなじ熱量で話しかけていたに違いない。その証拠に、おかみさんのiPhoneのカメラロールには振り袖にスーツに袴に・・・と、たくさんの晴れ着姿がおさめられていた。おかみさんは自分にできるやり方で、神社が地域の人たちに愛される場所になってほしいとInstagramを始めたり、参拝客に声をかけたりしてきたんだろうな。

 すべての疲れが吹っ飛んで、こころが軽くなるひとときを体験して、わたしは思った。

 来てくれた誰かをもてなすために話しかけるって、素敵なことだな。
 そして、全力で笑うって、やっぱりいいな。

 

 おかみさんは桜満開の境内で撮ったみずからの家族写真を見せながら「きれいでしょ! 春になったら、また写真撮りにおいで!」と娘たちに笑顔で伝えていた。残念ながら、春から地元を離れてしまう娘は桜のころには来られないだろうけれど、わたしはきっとまたここへ立ち寄るのだろう。今日の思い出を胸に。


 

六日月に照らされて


 わたしは祈る。
 これからあなた達の歩む道が、どうか明るく照らされますように。

 成人おめでとう。



ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!