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【フィンランド・アアルト大学授業紹介】Glass Challenge(ガラスチャレンジ)

2023年アアルト大学での春学期に取っていたContemporary Design Majorの「Glass Challenge」の授業についてご紹介したいと思います。ガラスアーティストのKirsti Taiviolaと博士課程のSara Hulkkonenによる授業でした。
 
この授業は、私が最も力を入れた好きな授業の一つです。ガラスのデザイン、デザイナー・職人関係、ガラスと環境などに関心がある方はぜひ一読していただけたら幸いです。(後半、写真が多めです)


キルンワーク(電気釜を使ったガラス制作)に挑戦

内容としては、毎年変わるテーマに応じて、デザイン、彫刻、建築、工芸的な手法を取り入れ、グループで制作していきます。2023年春学期のテーマは、「preserve」でした。
 
この授業の特徴としては以下のような点が挙げられます。

  1. ガラス作品を作るだけでなく、基礎的なガラスの化学的仕組みから、ガラスの社会的・環境的責任、美学に至るまで、論文や記事のリーディングをしてクラスでディスカッションをするセミナーと組み合わさっている

  2. 私たち学生はガラスデザイナーという立場で、実際に(吹きガラスの場合)ガラスを吹くのは大学内にある工房の先生である

  3. 最終制作物には「ガラス」という媒体を何らかの形で取り入れればいいので、コンセプチュアルに別のメディウムで表現することも可能(実際には、みんなガラスが好きでガラス作品を作りたい人ばかりだったので、最終制作物はガラスでしたが)

1. なぜこの授業を選んだのか

私の正式な主専攻ではないので詳しくは言えませんが、他にも取った授業から判断すると、「Glass Challenge」の担当であるアート・デザイン・建築学部 デザイン学科 コンテンポラリーデザイン専攻(Contemporary Design Major)は、何かモノづくりをするときに、その素材をきちんとリサーチしてその学びのプロセスをプロダクトや作品として具体化することが特徴な気がします。

食べ物はまさにそうですが、触ったり口に入れたりするものが、どこから来て、どのように社会や環境に影響しているのかを知ることは、自分や自分が今いるこの世界をケアすることにつながると思っているので、モノづくりをするときは、できるだけ素材について学んだあとでないと、私は落ち着かない気持ちになります(笑)。そのため、自分がモノづくりに使う素材の歴史的・社会的・環境的な特徴について勉強することが、アアルト大学に留学した理由の一つでした。

日本で吹きガラスの作品を制作した際に、液体・個体と流動的に変わる様子やガラスの透明感や煌めきといったものに魅了され、もっとガラスについて勉強したいと思っていました。

日本で制作した吹きガラス作品【タメイキバナ(2012)Photo: Xiaotai Cao】

2. ガラスを通して社会を見る

基礎講義では、「ガラスとは何か?」という話から始まり、化学的な組成方法や特徴について学びました。セミナーでは、「ガラス産業が及ぼす土壌汚染やファイトレメディエーション(汚染された土壌を植物で浄化/再生すること)」、「自然の道具的価値(instrumental use)と美的保存(aesthetic preservation)」、「世界的な砂の不足危機」、「吹きガラスと道具たち」などについての文献を読んだりゲスト講師の話を聞いたりして、クラスでディスカッションを行いました。
 
個人的に興味深かったのは、「Entangled Materialities - Caring for soil communities at glass industry sites -」(Latva-Somppi, Mäkelä, M., Lindström, K., & Ståhl, Å. (2021))の論文にある、スウェーデン、イタリア、フィンランドにおけるガラス産業による土壌汚染に対するデザイン実践者としてのアプローチです。ガラス工場の周辺には長年にわたって土壌に重金属(ガラスに色をつけるための鉛やヒ素、亜鉛など)が蓄積します。その歴史に、現代のデザイン・クラフト実践者としてどのように向き合うのかについて、本論文では、思索的参加型アプローチ(Speculative and participatory approach)と工芸的実践(craft practice)が紹介されています。
 
思索的参加型アプローチとして、スウェーデンのガラス産業地区における植物のファイトレメディエーションの事例が挙げられています。ファイトレメディエーションとは、特定の植物が土壌中の特定の金属を蓄積し浄化することです。問題の解決策として興味深いけれど、「外来種を植えるのはどうなんだろう?」「植物を間違えて食べてしまう恐れもあるのではないか?」などの疑問や心配もあると思います。そこで、デザイナーたちは住民と一緒に汚染された場所を探索し、「土壌汚染を植物でケアするとはどういうことなんだろう?」と共に考えるプロセスとしてワークインプログレスの展覧会を開き、意見交換をしています。

夏のフィンランドでよく見かけるヤナギランは、カドニウムを蓄積する性質があることが示唆されている(論文より)

工芸的実践の事例としては、イタリアのムラーノ島でガラス産業によって汚染された土壌をセラミック塗料に加工し、アート制作をし、展覧会という形でそのプロセスを共有した例があります。展覧会では、土壌汚染調査の手法と陶芸の知識を組み合わせ、同地域における汚染について調査し、人々(デザイナーや職人たち)の行動によってどのように土壌のマテリアリティが変化してきたのかという、マテリアルのナラティブが語られています。

複雑に絡み合い、唯一の解決策がない問題や事象が多い現代社会において、デザイナーやアーティストとしてどのようにそのような問いに向き合うのか。必ずしも問題を直接解決するわけではないけれど、問題を公にして一緒に考える場を作っていく。良い・悪いではなく、過去の遺産をきちんと見つめ、今これからどう向き合っていくのかを考える、一つのアプローチを知れてよかったです。

「デザイナーは問題解決をする一方、アーティストは問題を作る」と誰かが言っていましたが、この論文中のデザイナーたちは、ある種アーティストとしての役割も担っていると思います。これまで隠されていた問題や事象を公にすることは、その問題に対する関心を集め、問題解決につながることも多い一方、問題が公になることで傷ついたり、古傷がぶり返したりする人もいるのではないかと思います。どのように問題・傷を取り上げるのか、そもそも何を「問題」とするのか、どうすれば傷を公に痛みを分かち合い、集団的(コレクティブ)に癒していくことが可能なのか・・・。 歴史をなかったことにしたり、問題を隠蔽したりする(erasure)のはよくない一方、あえて人間の「忘れる」という能力(forgetting)によって「問題解決」できることもあるのかなと、ふと、思ったりもします。少し話が脱線しましたが、このあたりの話は、私もまだ熟慮できていなく批判等あると思いますので、他の方の意見も聞いてみたいです。

11/11 追記:フェミニズム/クィア理論を専門とされる清水晶子さんへのインタビュー記事に、マジョリティがマイノリティの抱える問題に関わっていく際に気をつける態度として、「忘れること」と「忘れないこと」の難しさが言及されていました。
【参照記事】清水晶子さんとフェミニズムを話す。「違う生き延び方をしている人たちの選択を簡単に否定しない」(me and you)

3. ガラスデザイナーと職人との関係

アアルト大学にはガラス工房があり、吹きガラス、キルンワーク(型を作って焼く手法)、フレームワーク(バーナーによる加工)、コールドワーク(切ったり磨いたり炎を使わない加工)など、ガラス加工に必要な一通りの施設を備えています。しかし残念なことに、学生が実際に吹いて吹きガラスを制作することは基本的にはできません。これはさまざまな「キャパシティ」の問題からだそうです。なので、私たち学生は、職人さん(工房の先生方)と協力して作品を作ります。実際、社会でガラスを扱うアーティスト・デザイナーの方でも、コンセプトやデザインディレクションはするけれど、実際に制作するのは職人さんであるパターンは多くあると思います。そのような意味で、ディレクションをする練習にはなるのかなと思ったり。

吹きガラスは2人以上で制作することが多いです

一方、私が通う東京藝術大学では、学生は吹きガラスを制作することができ、実際私も吹きガラスの作品を作ったことがあります(thanks to 藤原先生)。もちろん工芸科の中にガラス専攻もありますし、アート寄りにも、クラフト寄りにも学べる環境があると思います。一方アアルト大学は、アカデミックリサーチ重視という特徴があるため、技術面に特化したい場合は他の大学や専門学校などで学ぶ方がいいのかもしれません。

4. ガラスと保存から生まれた作品

ペアワークだったのですが、パートナーと私は、どちらも「サステナビリティ」に関心があるという共通点がありました。色ガラスに使われる金属やホットワークでのエネルギー消費、デザイン性などさまざまなバランスについてディスカッションをし、透明なガラスのみで一時的な形の瞬間を保ちながら生命の循環を表現するシリーズものに挑戦することにしました。空き瓶をリサイクルして使ったり、岩や砂、ガラスの破片で形をデザインしたりして、色ガラスは使用せずとも、形で遊びを持たせました。

吹きガラスの型に石を使用
ガラスの破片を模様として使用

「サステナビリティは何かを制限するものではなく、人間の想像力・創造力を促すもの」であると考えた結果、生まれたきた作品がこちらです。

Photo: Anne Kinnunen

私たちのステートメントは以下です。

人間は死ぬ。物は壊れる。しかし、それらの物質性は地上に残り、他の存在の一部となる。
 
ガラスは砂からできており、元は石である。一度吹いて割れたガラスは 再び溶けて液体のガラスに戻る。元の形は忘れ去られる。誰かがそれを語らない限り。
 
私たちは、一時的な形の瞬間を保存しようとした。溶けた破片の一部と 石が模様となり、新しいガラス作品にユニークな個性を与える。
 
循環する世界において、何かを変えないようにするのは人間のエゴかもしれない。
しかし、「保存」の最良の方法は、形は変わっても、そのものとして残るものを探し続け、物語を語り継ぐことなのかもしれない。 

5. 足元にある砂からガラス作り

私はこのメインのペアワークに加えて、個人でサブプロジェクトも同時に行なっていました。それは、地元の砂からガラスを制作するという実験です。日本にいる時に、イネがガラス質の成分(ケイ素)を含んでいると聞き、イネを原料にガラスを作ることに興味を持ちました。
 
また、授業の中で、世界各地の砂や海藻からガラスを作っているアーティスト・デザイナーたちを知る機会があり、授業を担当していた先生に相談したところ、以前砂でガラスを作る実験をしたことがあり、レシピを共有してくださるとのこと。

砂からガラスを作るにあたって参考にしたアーティストの方々

  • 海馬ガラス工房

  • Atelier NL

  • Atelier Lucile Viaud

イネや砂、海藻からガラス???という方もいるかもしれませんが、ガラスの成分を単純化すると、7割が二酸化ケイ素(シリカ)、2割は炭酸ナトリウム(ソーダ灰)、1割が炭酸カルシウム(石灰石)なので、シリカを含む砂やソーダ灰等を含む海藻で置き換えることで、これらの原料からガラスを作ることが理論的に可能です。
 
私は自分が住む環境にある隠された「色」を草木染め等の手法で探究するプロジェクトをしているのですが、砂からガラスを作ることで、その土地の固有の色(ミネラル成分によってガラスの色が変わる。鉄分が多いとみどりっぽい色、銅が多いとあおっぽい色になるなど)をさらに探求したいと、このサイドプロジェクトも力を入れました。

世界には、様々な「色」が隠されている

冬のフィンランドは大体雪に覆われているか、覆われていなくても土が凍っています。最初に試した家から一番近いビーチも凍っていました。先生方には、「今は凍っているから春まで待ったら?」と言われましたが、フィンランドの春は遅いだろうし、早く「隠された色」に出会いたくて、何箇所かビーチをまわってようやく砂をゲットすることができました。

1月のヘルシンキのビーチ。凍っていない砂を発見・・・!

このあとは、原料を混ぜ、1300度の窯で焼きます。ただ、通常の陶芸よりも高温なので、ガラス原料を入れる容器の原料にも特別なレシピが存在します。材料を混ぜ寝かせ、型にとり乾燥させ、素焼きして、ようやく容器ができました。

型作り
釜で焼成。中身が吹きこぼれないように蓋をしています

 長い準備期間を経て、ようやく今自分がいる場所の土地の「色」が現れてくれた時は、とてもとてもうれしかったです。 

6月に行った2回目の実験結果

6. 学びの過程を記録するラーニングダイアリー

最後に、この授業では、ラーニングダイアリーの大切さについても学びました。ラーニングダイアリーとは、どのように思考プロセスが最終作品・デザインに至ったのかを日々記録するものです。特にペアワークにおいて、パートナーと意見が合わず、自分の思うようにいかないことも多々ありますが、ラーニングダイアリーにおいてはそういった「違和感」や「疑問」も書くことができます。どういうディスカッションが行われたのか、私はどこに納得がいかなかったのか、どうして違うアイデアを試そうと思ったのかなど、きちんと記録することで、自分たちが辿ってきた道を他の人も一緒に辿ることができます。

実際のラーニングダイアリーの一部

ガラスというマテリアルを通して、環境問題や社会関係、デザイナー・アーティストとしての役割など、さまざまなことを考えました。これだけ力を入れることができた授業に巡り会えたことに、感謝します。

透明なガラスは、それが置かれている環境や光によって表情を変える
透明なガラスは、それが置かれている環境や光によって表情を変える

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