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お揚げくん

たしかに、まばゆい光芒に化かされるようだった。

目を細めながら目を凝らすと、目の前に、黄金色の子ぎつねがいた。
ちょこんと座り、伺うように、こちらを見ていた。
警戒ではなく、興味津々な様子で、目がらんらんと丸く輝いていた。

「ぼくは、お揚げ」
「お揚げくん」
「そう、ぼくの名前」
子ぎつねは嬉しそうに笑った。

美味しそうなお揚げ色の、お揚げくん。
「ぴったりなお名前ね」
「でしょ」
子ぎつねはまた嬉しそうに笑い、跳ね、わたしに近寄ってきた。

わたしが、
「お揚げくんは、とてもすてきな、お揚げ色ね。なぜ、ここに、わたしの前に、現れてくれたの?」
と、尋ねると、
「ふさふさだからだよ」
と、特にふさふさな黄金色の尻尾を、得意げに見せてきた。

そして、光の野原に寝ころび、腹までも見せてきた。
腹もまた見事なふさふさ具合。
かわいい。
なぜ、わたしたちは、こう、ふさふさ、もふもふしたものの魅力に抗えないのだろう。

お揚げくんの茶目っ気あるしぐさに乗せられて、わたしはひざまずき、犬の腹を撫でるように、お揚げくんの腹を撫でてみた。
思いの外やわらかい毛並みだった。
お揚げくんは喜び、わたしに身を預けて寛ぎはじめた。

お揚げくんを撫でながら、
「わたし、ときどき、記憶が飛んでしまうの。まともに生きることができなくて、つらいんだ」
と、悩みをぽつり、吐露してしまった。

そうしたら、お揚げくんは、
「そんなの、化かし合いだよ」
と、無邪気に、さも、可笑しそうに笑った。

(化かし合いか。さすが、きつねだな)と思いながら、わたしも笑った。

そう、わたしは、ひとは、自分を化かして、生きているのだ。

いつも、同じ自分であるひとなんていない。
いつも、同じ自分でいることはできない。
きっと、きつねも、そうなのだろう。

気持ち良さそうに、うつらうつらしていたお揚げくんは、唐突に立ち上がり、わたしの腕のなかから、するりと抜けた。

「ありがとう。またね。きみの名前もすてきだよ」
そう言うと、何の名残惜しさも見せずに、あっけないほど、さっそうと、去って行った。

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