見出し画像

一翼の動力

たぶん、そのひとが背中に背負っていたものは、翼だったのだと思う。

そのひとは、くるりと背を向けて、背負っているタンクのようなものを見せてくれた。

大柄の、筋肉質な躰。髪はショートの巻毛。明るく、にこやかで、快活なひと。わたしは、そのひとは女性だと感じたけれど、性別を感じさせないニュートラルな印象だった。
体幹が弱く、ロングヘアー、根暗で、笑えないわたしとは、全くの真逆。
でも、そんなわたしにも、初対面なのに、気さくでフレンドリーだった。

そのひとが、背中に背負うもの。初めは、人工肺か人工心臓のような何かかと思った。スケルトンの円柱型のタンクが、大小計3つ見えていた。それらが、そのひとの呼吸や鼓動に合わせて動いているように見えたのだ。

そのひとは「見ていてね」と言うと、背負うものを動かし始めた。動かすと言っても、外側の輪郭は変化しない。タンク内部の動きだ。スケルトンだから、よく見えるのだ。

小さな2つのタンクのなかに蒸気が充満すると、次には、真ん中の大きなタンクの底から、ぐつぐつと滾るように、淡いピンク色の液体が湧いてきた。ぶくぶくと泡が立っていた。

そのひとは、「ほら、エネルギーの流れが見えるでしょう?誰でもできることなの」と言った。そして、「すこし外に出してみましょうか」と言うと、淡いピンク色の液体を、蛇腹のホースを経由して、水槽へ流し入れた。

まるで排泄のよう、と思い、見ているわたしは、すこし戸惑ったけれど、その思いは束の間だった。

水のなかに入った瞬間、ピンクの液体は、鮮やかな赤に変わった。赤が、水のなかで、ゆらゆらと揺らめいていた。

血のようだ、とも思ったし、金魚のひらひらのようにも思った。禍々しさも、壮絶な美しさも思った。何にせよ、生命そのもののうごめきのように感じられた。

とはいえ、わたしは同時に(何の見世物だろう)という訝しさも、頭の片隅で抱いていた。それでも、そのひと自身は、怪しさを微塵も感じさせないほどに、屈託がなかった。

その後、その場から離れても、赤い揺らめきだけは、やけに目に焼きついて離れなかった。

そして、ふと思った。

たぶん、そのひとが背中に背負っていたものは、翼だったのだと。地上では翼として在れない翼なるものを見せてくれたのだと。

生きづらいだろう、と思った。それでも、そのひとは、その不自由ささえ動力にしているのだ、とも思った。

翼は、循環器系の一部。はためくたびに風を熾す。その内部には、赤心が、血のように流れ、滾り、火のように焚かれ、揺らめく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?