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深く死なんとする者たち

初め、手のうちに手にしていると気づいたときには、小鳥だった。

さびれた繁華街の街角、上空、鳥の声がやたらにぎやかと感じつつも、なんともなしに、その場を通りすぎたときには、いつのまにか、もう左手の手のうちに、小鳥がいた。

瀕死の小鳥だった。いや、ぐったりとして、もう息はないように思えた。

小鳥を被えるほどの小さなぼろ布に、小鳥を包んでいた。ぼろ布も、いつのまにかあった。

ふいに手にしてしまった小さな者の死に、戸惑うばかりだった。早く埋葬して手放したい思いがあった。

重量を感じられなかったのは、小鳥が驚くくらいに軽やかなのもあったけれど、小鳥の死を受けとめきれずに気が急いていたのもあったと思う。

手を軽く握り、握りしめないように、包むように、隠すように、戸惑いながら、落ちつかないまま、街を抜けた。

おっかなびっくりなように、ふたたび手のうちをそっと覗くと、やはり小鳥は目を閉じていた。さきほどよりも、さらに生気が失われたのは、明らかだった。体がうっすらと灰色を帯びたように思った。

児童公園の脇を通りかかった。公園には大きな木があり、あの木の根元に埋めてやれたら、と思った。そうしよう、と思ったら、置き去りにされた砂場用のスコップが見えた。土を掘るのに借りよう、と思ったら、もう右手にはスコップがあった。

一旦、小鳥を地面の上に置いた。それまで重量は感じていなかったというのに、ようやく重荷を降ろしたような感覚だった。そのときにもまだ、弔うというよりは、早く埋葬して手放したい思いが強かった。

ふいに、前方から、老年の男性が歩みよってくるのが見えた。思わず、小鳥を引き寄せて隠そうとした。なのに、手が届かない。焦っていると、男性は声をかけてきた。「そのまま見ておいで」

男性を一瞥して目を戻すと、ぼろ布のなかの小鳥は、いつのまにか、カナブンのような小さな虫に変わっていた。初めから不可思議だらけだったから、もはや驚きもしなかった。

虫の腹が見えた。足がすこし動いていた。あぁ、まだ生きていたんだ、と思った。しかし、断末魔であることは一瞬にして見てとれた。死を免れないことには、小鳥同様、変わりはなかった。

仰向けの虫を不憫に思い、思わず、もう一度手をのばそうとした。けれども、「大丈夫、見ておいで」と、もう一度言われて、手を引っこめた。ただ、虫を見つめた。

小さな者の死を、見届けることになった。

虫は、残る力を振りしぼるようにして、ゆっくりと寝返りをした。スローモーションを見るようだった。本来のとおり腹這いになり、数歩歩いたのだろうか、まるで、ぼろ布を脱ぎ去るようにも見えた。

やがて、虫は立ち止まった。その瞬間、頭部の甲羅部分が、砂のような、きらめく粒子となり、さらさらと風に流れていった。次の瞬間、前翅も同様に変化して、そよ風と共に消えていった。息をのむ美しさだった。

さらに次の瞬間には、ぼろ布の下に、うっすらと、残りの手足が見えたように思えたけれど、またたく間に、ぼろ布ごと光の粒子となって、やはり、さらさらと流れていった。

一部始終を、目を見張り、息をつめながら見守った。時の流れが、虫の周りだけ異なるように思えた。まどやかな、明るい、光の時空間だった。光の風がそよいでいた。

「ほらね、大丈夫でしょう。うまく逝けたね」

声がした。その声はまだ、此方を向いていた。

「良かったね、深く逝ったね」

その声は、此方ではなく、彼方を向いていた。死した者への、いとおしさのこもる、はなむけの呼びかけだった。

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