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[月記]23年4月 免許

免許の更新に行った。

……というだけで「運転免許のことだな」とわかる程度には自動車は免許という言葉を独占している。何故ならそれは、私が所持している物理の教員免許よりも、私の親友が所持している医師免許よりも、私の叔父が所持しているふぐ調理師免許よりも、はるかに気軽に世間に皆伝されまくっているのが運転免許というものだからである。

免許更新センターの行列に並ぶ途中、その人の多さはちょっと辟易するほどだった。ものがありあまっている場合に「掃いて捨てるほど」と表現することがあるが、私たち人間はその部屋にあまりに多く存在していて、人混みではなく人ゴミと表現されるべきだった。──そんなわけあるか。そう言わんとばかりに、壁に貼られたピーポくんが軽蔑の眼差しでこちらを見つめている……ような気がしたが、彼がみているのは自分の頭の先のアンテナだった。私はそっと胸を撫でおろす。

行列に並びながら、私はある面白い事実に気が付いた。この部屋が今、なかなか特殊な空間であるという事実だ。というのも、ここには全員が免許更新にやってきているはずで、彼らの誕生日は3月・4月・5月に限られるのだ(免許更新は原則、誕生日月とその前後1か月で行われるため)。もちろん中には受付の人や特殊事情で遅めの日程での更新を行っている人もいるのだろうが、それでも恐らくこの集団の95パーセント以上は春生まれの人で構成されているに違いない。
そう考えるとなんだか周りの人たちに対して無性に親近感が湧いてくる。いわゆる類似性の法則というやつだ。「お誕生日はいつですか?」と軽率に声をかけて回りたいと思う。しかしそんなことをしては頭が春だと思われてしまうのでやってはいけない。そうはいってもやはり、私にあなたたちの生誕を祝わせてほしいと思う。しかしそんなことをしては頭がおめでたいと思われてしまうのでやってはいけない。上手くブレーキをかけられたおかげで、なんとか道を外れずに済む。

私は自分の番が来るまで、ずっとそのように自分自身のステアリングを行っていた (ちなみに、ここでいう「番」は「バン」のことではないし「来るまで」は「車で」という意味ではない)。

無事に諸手続きと講習を終えて受け取った免許は金色で、写真映りは案の定いまいちで、私はすこぶる機嫌が良かった。
帰り際、ポスターの前でピーポくんの誕生日を調べてみたら、1987年4月17日で──彼もまた春生まれだった。