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カット・トーク・リヴァイヴ 後編+俳句

カットしてくれた美容院のかまだ君が仕上げの際、この後どちらか出かけられます?
と訊いた。
ご満悦の私は、今日は家で事務仕事に集中したいらしいT兄の勧めに甘えるつもりもあってちょっと一杯ひっかけて帰る気満々だった。
「ハイボールでも飲んで帰ろうかなって。だから軽く崩し気味にキメてくれたら」
なんて答えた。リクエストはパーフェクトに通った。


ふらふら。しかしなんだ、サザン通りってのは。しかも気安い顔した一杯飲み屋はどこも禁煙。あーもう。
しかし喉の渇きにも堪えきれなくなってついに『蒸気屋』なる飲み屋さんでハイボールからプレイボール(©︎玉袋筋太郎さん)。


カウンターで一人酒なんてどれくらい振り?
小ぶりのジョッキをクッと一口呷って、ひと心地。こなれ加減のいい店だわ。
私は木のカウンターが好き。バーなら落ち着いた樫いろ。こういう居酒屋さんなら夕陽に照らされたような杉や檜のいろ。このカウンターは色合いと使い込まれ具合が丁度いい。
メニューはイタリアンと和風あり。んーなんにしよ?お魚食べたいけど、少しお高いかな。
ま、突き出しも美味しいしとしばらくのんびり。


こうしてカウンターで中年女が一人酒、とト書きだけ読むとペーソスのソースどっぷりに思えるがふと気づく。
私。ため息つく要素がいっこも無い。
新婚の夫T兄がムショ帰りホヤホヤだろうが金なかろうが子猫の小次郎に毎日イタズラされようが、無いため息のソデは振れねえ。
ひざもかなりキテるが自宅から駅までと駅から美容院までに20×20の計40分歩いて、しかも先日はT兄の現場11連勤が終わってやっとお休みになったうれしさについRHYMESTERで踊り過ぎてしまってる。数日使えないだろう。
それが何か?


だって幸せなんだもん。
大好きなひとと暮らせてて、小便小僧子猫も可愛くて、大好きな家事を毎日やり放題。空いた時間は安酒とタバコ片手に音楽聴いて本めくって書いて踊ってうたた寝でその日暮らし。春の野の花も摘んで飾れて。ごはんも安く美味しく作れてて、T兄もずいぶん健康になった。そのうち二人と一匹、なんとかなる。なんとかしちゃうのも分かってる。未来が花見のゴザ敷いて待ってるのが見えてる。


この突き出し、なんだろう?貝の風味のだしがおいしい。湯葉みたい?豆腐?
前にいたカールの髪が可愛い板前風スタッフさんが、急に訊いてきた。
「お姉さん、魚大丈夫です?」
注文を急かされたのかと焦ったが、まだ宵の口だし入ってそんなに経ってない。
「あ、ええ。好きですよ」
するとその男の子、なんと「これ突き出しじゃないですけど。お代、いいですから」
ニコッと笑って数切れの刺身の皿を出してくれた。
「え、ちょっと」
「いいですから。サワラ炙ってみたんですけど味見してください」
みたいなことで頂いた。
目の前の星崎のケースに鰆なんて見当たらなかったが…


絶妙!!
しかも塩とレモンとわさびで!!水宮のど真ん中!!初球ホームラン。
メニューにも載っていない。それになまの鰆を炙るという発想が私にはなかった。
「美味しい〜!!ありがとう!」
そしてつい、燗酒と美しい肌の桜鯛を注文してしまった私。
「おにいさん。さっきの鰆、上手い犠牲フライだったねえ」
野球もよく知らないのについ内なるおじさんが軽口を叩く。
お兄さんはえへ、とまた笑った。


仕事に集中したいから、と軽く家から締め出された気持ちもしていたのがふっと消えてしまう。日々、埃や澱のようにちらちら積もる小さなブルーは、もう蓄積しなくなった。
うふふとなんでも楽しんでるのもあるが、自分で動かなくても人がこうしてフッとはらってくれたりするようになった。通りすがりの人でも。
ふしぎな豆腐のような美味しい突き出しは、茶碗蒸しであった。


茶碗蒸しのやわ雲抱いて春の星
はからいの炙り鰆のやはらかさ
星崎のガラスの上臈桜鯛
店員の軽口すらも花ふぶき

この徳利セット可愛いすぎる。青い小花だなんて。

レバーの炙りは滴る血がたいそう旨かったのでそう言うと、肉も魚もその日の朝に仕入れて捌いてるんです、と少し誇らしげに答えてくれた。そういうものは美味しいし酒にも抜群に合って、しかも体にいいのよね。


なんだかだでいっても3千円位だった。


カットのかまだ君、飲み屋さんの可愛いスタッフさんたちのご好意(タバコも、電子でしたらと外に行かないでいいよう灰皿を出してくれた。ありがたい!)を受けてもっとうれしい帰り道。月に叢雲。あれをやりなさいよとウィンクされた気がした。
駅の改札を車椅子で苦労して出て一息ついてた男の子のひざに、あめ玉をひとつ、ぽんと置く。笑って手を振る私を見送る男の子の顔が、驚いた喜びに輝いてる。
ホームではまた、2本松葉杖で歩いてたスーツの人がふう、と椅子に座ったとこにまた、あめ玉をひとつ&にっこり。またキラキラびっくりした笑顔をもらった。フライング大阪アタックと呼ばれる技だ。
それね、くだもので美味しいの。喉の乾燥も防いでくれるから病気もよってこなくなるんだよ。



帰宅するなりT兄が髪を絶賛即写して、書類の散乱した部屋でお友達に拡散してた。
小次郎はわおわお(鳴き声)放送中。T兄が抱き上げる。でっかくなったなあ。
もう私眠たいですよ。
私たちはキスしてそれぞれの巣穴(部屋)に戻り、春眠を貪った。

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