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怪談水宮チャンネル④

①浮いた話

生まれた池(泉)のあるその敷地の真横を電車が通っていた。いつもその周りの森の中で一人遊びをしていた私はその音が怖くてたまらず、電車の音を「怪獣の音」と思い込み、しゃがんで耐えた。
そうしてしゃがんではまた小川や草で遊んでいる時、ふっと自分の背中を見下ろしていた。
三歳の自分の後ろ姿。お下がりのレトロな柄のワンピースの背中の、ジッパー。
「ああ、ああなっているんだな。次に着替える時は自分でできるようになれるかな」などと考えていた。

②なぜ知っている?

言葉の早い子どもだった私は、多忙だった両親にも歳の離れた姉たちにもあまり構ってもらえるチャンスがなかった。すぐ下には直系の、つまり本家の長男である父の一人息子になる弟が生まれたものの、弟には乳母がついていつも連れて行かれてしまうためこれまたあまり遊べない。
しかし、母がよく不思議がって言った。
「あんたは、教えてもいないのにどこからそんなに言葉を覚えてくるのかねえ?」
たしかに私の語彙は異様に多かったが、教えた者はいない筈だと言うのだ。
消去法でいくと、私に言葉を教えたのは水と草木、生き物たち、そして生き物なんだかそうでないんだか分からない何者かたち、になる。ピアノも二歳でいきなり弾き始めたという。植物の名前も多く理解していた。「三歳までは神童」というものの一つなのだろう。ただ幼児と年寄りは、あの世とこの世の未分化な所にいるのもまた事実ではある。


③すごい霊能者

有能、かつ良心的なある霊能者がいる。私は書物を通してそのかたの考えに親しみ、いろんな実話怪談を読んで育った。
だが、ある時点から
「その人の力はすごいと思う。欲もなくて最高。多分日本でも一番の人だ。でも…」と思うようになった。
つまりその方は、完璧に仏教系なのである。
妙な話で、私の母方は仏教寺、祖父・曽祖父は僧侶であるのに、私はその寺以外お寺に入るのがダメなのだ。
その霊能者さんは、もちろん問答無用の除霊もでき、霊道をずらしたり消したりでき、意味がないうえ却ってそこにあるだけで災いを招くような祠やよくない目的で建てられた寺社仏閣も「閉じたり」「破壊」すらできてしまう(無効化できる、ということ)。
実際アニメのように派手にバーンとかはならないが、静かに手を合わせるだけでそれを行ってしまえるという。いらん霊能力を持つ人のその力を閉じることもできる。
滅することができる、という仏教系の守護神は沢山いるが、私はいつしかそれがこわい、というよりは悲しい、と感じるようになったのだ。



④死は幾度でも訪れる

戦争中でもない日本に生まれ生きてきて、特殊な職業に携わってもきていないのに、やたら人に死なれてきた。
最初の夫。次の夫は廃人寸前になった。その家族は結婚していた十年の間に全滅した。付き合った中で亡くなった人もいて、先月は若い頃何年も付き合っていた忘れがたい元彼が亡くなった。
これこそ天職!と喜んだ最後の職場で、焦がれるほど尊敬していた女性の上司も亡くなった。

妙な風に考えてしまうことは何度もあった。全員、事故死や病死だが、早死に過ぎる。
今でも思い出してしまったりすると、人前だろうが電車内だろうが号泣してしまったりする。
へいき、へいきだなんて言ってはいるが、平気なわけがない。今でもみんな大好きなままなのだから。一人ぼっちだよう、と思うと、私は小さく小さくなる。
そして池のほとりにしゃがんでいた三つの子どもにだんだん戻ってきてしまった。

世界が潰れるほどの悲しみは、赤の他人がよそでひどい目に遭っていてもすぐ発動してしまう。鬼滅なんかは最初から鬼が可哀想でまともに見ていられず、童話ですら悪者が最後に酷い目に遭ったりすると泣くような子だった。

そうして泣いている時、体も弱るので何日もこもって動かない。すると、何年か前から、声が降るようになった。
それは嘘でも幻想でもかまわない。が、その「声」に従うようにして以来、心根として間違えることはなくなった。
声は、大好きだった誰かかもしれず、神さまの誰かかもしれず、近所の仲良しの野良猫や、部屋の可愛い道具たちや、天空を舞う白鷺かもしれず、のんきな鳶かも知れず、水や空気や草木かも知れない。なんでもいい。
その言葉はとてもシンプルで、私は安心して、転んだ心はすぐ立ち上がる。
笑う努力なら常時している。人を笑わせたいのもあるし、そうすることで私も笑いたいからだ。
大好きだった夭折の人たちは、この悲しい世の中から早めに避難させてもらった運のいい人たちかもしれないんだ、私を一人置き去りにしたわけじゃない、と繰り返し教えられる。その、なにものかの優しい声に。みんな全部の中に還ってきて巡ってる、おまえは一人じゃないんだと。


⑤あのひと

昨夜は、珍しく酒を飲まなかった。なんとなくだ。意味はない。
だが、飲んでも飲まなくてもやっぱり、何かの拍子で泣いてしまっていた。声を出さないようにするのは慣れた。
すると、頭の中にいつもの声がした。

ちいさく
ちいさくなれ
かくれておいで
つつんであげる
守ってあげる
ねむりなさい
液でつつんでおまえを変える
その日がくるまでやすみなさい

童謡か、子守唄めいたひくい優しい声がそう言った。
意味はわからないが感覚的にわかる。

あおいほし見て
力を抜いて
浮かんでごらん
力を抜いて
おまえのしごとはちいさなこと
自分も他人も決めつけないでいい
なんになる、どうなるなどと
おまえは水の子ども
なんにでもなる
めぐるひとつぶ


私はいつのまにか眠った。


⑥不思議な物体

ビルの床を掃除していると、不思議なものが落ちていた。
それは、ヘマタイト石のような、機械の何かの部品のような、虫の卵のような、小さな完璧なオーバル型の粒だった。
人工物なのか自然物なのかも分からない。ここで働く技術者の人々が持ち歩くような物でもない。アクセサリーの一部でもない。とにかく見たことがなかった。
どうしたかは忘れた。持ち帰ることはしなかったが。


⑦不思議な物体その2

先月の眠れないある晩、まんじりともせずにベッドに横たわっていた。
もともとあまり眠らないほうで眠りも浅いが、薬はたまにしか飲まない。まあよくそうして眠れずにいる。
すると、窓の向こう、道を挟んだ一軒家の満天星(どうだんつつじ)の見事な生垣に、一か所異様に光っているものがある。
ごみだろうか?
だが、そのお宅はいつも綺麗に剪定や手入れをしているし、私もごみなどに気付けば取って自分のゴミ袋にいつも入れる。
それに、綺麗な生垣にごみを突っ込む人なんてほとんどいない。そんなこと心理的にやりづらいものだ。
水滴?水は朝撒いていらっしゃるが、今はまだ夜中の三時。それに、一か所だけ水滴が残って延々輝き続けることはないだろう。夜空は晴れ。
目を凝らしても凝らしてもその光は消えず、少しずつ色を変えながら夜通し輝き続けた。



⑧何かの神様

その日、時間が余って、いつも誰も掃除に入らない建物と建物の隙間へ道具を持って入った。
これがまあひどい汚れよう。掃き溜めというかスラムみたいっていうか。
改修工事現場でもあったが、作業の人たちは忙しすぎて手が回らないのだろう。たまに人手がある時入って清掃するが、私たちも忙しくなかなか作業出来ずにいた。よし、ささっとやっちゃお。
と、突き当たりに、誰かいた。
宇宙の紺と黒いろ、のような色の衣を着た何者かがいた。
そんなダースベイダーのマントみたいな作業着、ない。メットも被っていない。髪は衣と共に、夜のように広がっていた。顔はよくわからない。
人でないのはすぐわかる。生の人間と、顕れ方、見え方がまるで違うので。女性とも男性ともつかない。
悪いもの、という気が全然しなかった。
「そのひと」は面白そうに、私に向かって
「踊って見せてよ」
と言った。
私がほうきとちりとりで掃除をする(つまりそれが私の「舞」だ)と、微笑んで
「エロいね」
と言って、満足気に消えた。
えーっと。
帰ろう。飲んで帰ろう。
でも、なんだか嬉しかった。


⑨王の葬列
ビルの入り口の外側に、ずっと気になっているものがあった。
それはオニヤンマの死骸だった。
忙しくなって、外構清掃にまで誰も手が回せずにいた。
ある日、上がりに私服に着替えて帰る際、そこへ行った。
蟻が行列を作っている。
最後にそれを見てから一週間はゆうに経っている。蟻の行列と、そのそばのオニヤンマの死骸を。
蟻はほかのセミの死骸などはせっせと運んでいるのに、オニヤンマだけには一切触れないでいるのだ。
私は王を両手に捧げ持って、敷地内の木の下に連れて行って、埋めた。こないだの、あの不思議な神様は、あなただったのかなあ?また帰っておいでね。おやすみ。



/奇跡というものは、その人その人によって見え方が違うらしい。私には、精神年齢三歳の私にわかりやすいように現れてくれているのだろう。言葉もかたちもなんでも。

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