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しあわせになんなさい

ヒヨドリが寒そうに羽根を毛羽立てている。犬は綱で首を引っ立てられながら、つめたい地面の多彩さを味わっている。チェーンのケーキ店やチキン屋がお約束ですから、とキラキラしている。


沢山捨てなければならないのは、ほんとうはモノではないよ。自らの中に、言い聞かせる。そんなに思い出して責めるな、過去のあやまちを。でも、忘れてはならないと人は言うよ。


先日、緑道を歩いていた。いつもの猫たちに会えるとは思わなかった。十数匹顔見知りだが、ここの所姿を消している。私だって、こんな寒い日に表に出るのは願い下げだ。


ふと、頭上に大きな羽ばたきがあった。息を呑んだ。鳶だった。


この辺りの鳶には、少し付き合いがある。夫が遠くへ出張した直後、いつもうちの辺りの上空を飛んでいた鳶に、願い事を言ったのだ。


お前。行って、あのひとを守ってくれないか。頼む。


それから数日後、なんの前触れもなく、そいつは一人歩いていた私のすぐそばまで来てホバリングした。
間違いない。同じ個体だ。確信があった。
そいつは暫くそばを飛び、そして去り、以降一度も見ていない。

その朝来た奴は、同じ個体ではなかった。羽根がそもそも違う。だが、私は動けなくなって、ばかのように、しばらくそこに立っていた。



辺りに人はいない。
私は、さみしいよ、とないてみた。まったく猫と同じなき声で。小声で。それは自然と口から漏れた。


すると、突如植え込みから弾丸のように、猫が飛び出してきて、ほとんどすねにぶつかるようにして鳴きながら体をこすりつけてきた。



新顔だ。初めて見る。関脇みたいに太った、しっぽの短い、美形。あんた、初めて見るけど?なんなの?

猫はただただなきながら、ごろごろ喉を鳴らし、すり寄ってくる。撫でながら、しまった、と思った。


こいつは、甘えているのではない。逆だ。



見知らぬなんかの生き物が弱ってさみしがっている声を聞いて、飛び出てきて、お前どうした、大丈夫か、と言っているのだ。



私はていねいに猫を撫でて詫び、歩き始めた。猫もするりと去った。


しっかりしなさい。笑顔だよ。しあわせになんなさい。別れた先輩方、どうしてる。



鳶や猫が言ってくれたのは、そういうことなのだと思う。



死んだって、もう別に構わないではないか。
いい目も見た、戦いもしたし愛しもしてきて、遊び、悩んで。ふとうろ暗い寒い冬の日に迷うことも、でもまだある。



あいつら、迷わないんだな。そうやって生きて死ぬんだな。怖がらずに。怖がってても、構わず行くんだな。
あいつら、たしなめに来てくれたんだな。寒いのにさ。

部屋に帰ると、ツリーのライトを灯した。正月飾りも買ってきた。
それからクリスマスの音楽をかけて踊った。できるだけじょうずに。
夫のT兄と、あいつらが観客で来てくれているつもりで。

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