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子猫に聞かせる物語

いたずら子猫の小次郎は、なんでも興味深々。きっと棚もカーテンも洗濯物もごみばこも全部USJ みたいに見えているのだろう。


お掃除や歯磨き、お料理の最中に可愛くうるさく邪魔をする猫の小さな男の子。お昼をたべて、ベッドに並んで座る。私はかれにお話をした。
たいそう利発な子猫は、ひくい声の物語をまんまるな瞳で聴いていた。


さっきディズニーのシンデレラに釘付けだった彼。
ネズミが出てくるからというより、色んな動きや音楽が面白かったのだろうか。


私もプリンセスものならシンデレラが一番好き。迫害を受けても心を腐らせず、復讐しようなんて考えもせず、夢を見て希望を失わない。


もっとも愛する童話作家、エリナー・ファージョンがこの物語を劇作ふうに楽しく書いている。『ガラスのくつ』(岩波書店)というこの古い本を、私は今もだいじにしてるのよ小次郎。よく読むの。
なぜって?


シンデレラことエラはいじめられ、のけものにされこき使われ、それでもおかあさんやおねえさんたちに精一杯優しくする。やられてもやられても「敵」に花を送るモハンダス・ガンジーそこのけ。そう思わない?


逃げることも叶わないのにあんなに毎日ひどいことする人たちに対して腹を立てず、優しくする。卑下もせず自分自身も心のくふうで楽しくしようとする。
いつか素敵なことが起こるのも魂の奥で知っている。つまり自分の真の望みをきちんと知ってる。
他を蹴落として登りつめ、ざまあみろと高笑いすることじゃないわ。「あいつのせいでひどいことに」「奪い返す」だなんて内心で思うようなことじゃない。決して。

「下剋上」のあとだってねえさんたちにキスしに行った。本人には邪気などまるで無いまんま。子どものように笑って。


プリンスやプリンセスに憧れる気持ちは小さい頃からあった。
だけどね、小次郎。
目のさめるような綺麗な顔やスタイル、あでやかな衣装ではなくて。ああいう心映えのひとに憧れてきたの。
今も憧れてて、そこへ行こうとしてる。最近ではズレたらシッペが入るのよ、ちゃんとね。おお痛いこと。


体もドレスも灰になるだけじゃない?
だけどああいう心の持ち主の愛は、灰になると思う?

賢い小次郎は目を細めて大胆に細いおなかを出し、うーんと伸びをした。
(知ってるに決まってるよ、それがどうしたの。ぼくらはそういう人間たちしか好きにならないよ基本)
そういうのって、どこで教わるの?道端でひとりで鳴いてた小さい君が?
(ママのにおいとかきょうだいとかおじさんとかおばさんとかの声とかにおいとか。草とか木とか土とか水のにおいや音。ほかの生き物の声。そういうのの中にぜんぶ受け継がれてるの。だって水音のいる人間の世界にも、お伽話や言い伝えはあるでしょう?そういうのだよ。ねえ、晩ごひんまだ?)


心が綺麗なひとこそがいちばん綺麗。そうなりたい私の人生は、1日1回ずつ、終わる。明日生きて起きる保証はないと覚悟すれば、今日は最善最高にしたくなるから。地獄のにおいも嗅ぎ取って近づかないよう鍛錬されていく。


今日は2週間ぶりに、そーっと歩いて外へ一人で出られた。そこのスーパーでT兄に、チョコレートを買ってきた。バレンタインになんにも出来なかったから。


小次郎もほしいかな?バレンタインのおくりもの。
(人間てヘンだね。T兄もだけど、水音やぼくにモノばかり買おうとして。いちばんのおくりものくらい、もうぼくは知ってる)
ごろごろ、ごろごろ。やわらかにのどを鳴らし続けながら、子猫はまどろむ。
心がけるね、いつも。
綺麗な心であるように。


ほとけのざの花を一輪、摘んでこられた。とても、うれしかったんだよ、小次郎。またこっそり食べたっていいよ、あれなら。

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