【嫌いなアイツとゾンビと俺と】第7話

 朝になると、驚くほど快晴だった。絵の具を溶かしたような嘘くさい色の空を見上げながら、歩樹と空斗は高杉の邸宅を後にし、走っている。

 するとヘリの音がした。
 ガツンと音がして、目の前に迷彩柄のリュックが落ちてきた。
 アタッシュケースを片手に、歩樹は拾って中身を確認する。

「っ」

 その中には固形の非常食の他に、黒い拳銃と弾丸が入っていた。本物だ。持ち上げると、とても重く感じた。

「お前、サバゲが好きだったよな?」
「……だからって、本物とは違う」
「扱いも分からないのか?」
「それくらいは分かるよ」
「だったら御神楽が持て」
「……そうだな。武器がないのは心許ないしな」

 頷いた歩樹は、入っていたベルトで、腰のところに拳銃を固定する。そして食料が入ったリュックを背負った。

 その時、ゆらりと影が見えた。
 前方から十名ほどのゾンビがゆっくりと歩いてくる。鞘から刀を引き抜いた空斗が両手で構えると、跳ぶように地を蹴った。歩樹が動けないでいる前で、ゾンビを一気に三体切り裂いた。ボトボトと腐肉が地面に落ちていく。

「何を突っ立ってるんだ! 行くぞ!」

 どんどん切り捨て、十体ほどを全て倒した空斗が振り返る。既にその目には迷いは見えない。強い意志が、信念が見て取れる。固唾を呑んで見守っていた歩樹もまた決意し、しっかりと頷いた。こうして二人は再び走り始めた。

 そうして幾度か角を曲がる。

「そろそろ休憩するか?」

 歩樹がそう述べたのは、空斗が額の汗を拭ったのを見た時だった。
 首だけで振り返った空斗が迷うような顔をした。
 ――その時だった。

「真鍋! 後ろ!」

 大きく口を開けたゾンビが突然出てきた。慌てたようにそちらを見て、空斗が刀を構えた時には、ゾンビの手が迫っていた。

 冷静に。冷静になれ。歩樹は心の中で、自分に対して念じる。
 するとこれまでの動揺していた胸中が嘘のように静まりかえり、意識が清明さを増した。
 集中力が、白い一本の糸のように、脳裏で張り詰める。

 気づくと歩樹は拳銃を構えていた。まるでスローモーションのように、ゾンビの動きも空斗の動きも遅く見える。ただ、自分の動作だけが早いような気がした。半ば無意識に、トリガーセイフティの銃に指をかけて、トリガーを引く。

 ダン、と、そんな音がした。
 空斗の真横を通った弾丸が、ゾンビの頬に命中し、ゾンビの体が後方に飛ぶようにして崩れ落ちる。飛び散った腐肉を見ながら、やっと我に返って歩樹は、自分が全身に汗をかいていることに気がついた。

「――さすがの腕前だな。助かった」

 振り返った空斗が、初めて口元を綻ばせた。その微笑と台詞に、歩樹は驚く。

「お前、笑えたんだな」
「どういう意味だ?」
「それにお礼も言えたんだな、俺にも」
「あのな、御神楽……俺をなんだと思ってるんだ?」

 そんなやりとりをして視線を合わせると、どちらともなく苦笑していた。
 こうして二人は、再び走り始めた。
 気づくと共闘するように変わっていた。空斗が刀で道を作り、その背後から歩樹が銃を繰る。そうして進むと、ヘリポートのある東区に続くトンネルが見えた。ここを進めば、あとはほとんど一本道になる。

 そこに屯しているゾンビを、二人は睨めつけた。

「行くぞ」
「おう! 空斗、ミスんなよ」
「――歩樹こそ、な」

 いつの間にか名前で呼び合うようになっていた二人だが、それぞれ無意識だった。
 きっかけなどない。だが、今はお互いがお互いの相棒だということを強く認識していた。少なくとも、歩樹はそう思っている。

「うるせぇ。さっさと切り込め!」

 そう歩樹が言った時には、空斗が踏み込んでいた。その背中を見ながら、歩樹は正確に狙いを定める。二人でひたすらゾンビを倒しながら、道を開き、アタッシュケースを守りながらトンネルを抜けた頃には、既に夕方になっていた。

 ――ヘリポートにヘリが到着するのは、明日の十五時。
 刻限は、待ってはくれない。
 逢魔ヶ刻の空が次第に紺碧に変わっていく中を、歩樹達は走って進んだ。
 明日を、未来を掴むために。



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