避暑、コーヒーゼリー

 その日は、用事を済ませるために外をたくさん歩き回らないといけない日だった。数週間前から憂鬱で、熱中症でぶっ倒れるのではないか、翌日動けなくなるくらい消耗するのではないか、ああいやだ、やだやだ、と言っていた。

 当日、水をたっぷり入れた水筒と、真っ黒の日傘と、その他必要なあれこれをもって、意を決して外に出た。ひとつ用事を済ませて、次はバス停に向かうことに。暑くて暑くて、おなかも空いていて、脳内ではアンパンマンの「力が出ない~」が繰り返し流れていた。最近は食欲が落ちていて、その日の昼もあまり食べられなかったのだけど、夕方はもうおなかがペコペコでしょうがなかった。

 やっとのことでバス停に着いて、辺りを見てみると、近くにチェーン店のカフェがあった。フラフラと近づいて、店の外にあるショーケースを覗く。ホットサンド、じゃない。ケーキ、違う。コーヒーゼリー。コーヒーゼリーだ。しかも上にたっぷりとソフトクリームがのっているコーヒーゼリーだ。即決して店に入った。次のバスが来るまでの間の、思いがけない避暑がはじまる。

 店に入る瞬間、ふわっと冷たい空気が押し寄せてくるあの感じが好きだ。店内には既にたくさんの人がいて、ぎりぎり席が残っていた。店員さんに「コーヒーゼリーをお願いします」と言う。私は声が小さいのを自覚しているので、こういうときはメニューをしっかり指さすことにしている。のろのろと小銭を出している間にてきぱきとコーヒーゼリーを用意してくれた。トレーにのったコーヒーゼリーを受け取り、片手でコーヒーゼリーをそっと支えながら席に向かう。ひんやり。私は高校生のときに、お店で注文したオレンジジュースがトレーの上で倒れてぜんぶこぼれてしまい、あまりのことに驚いて泣いてしまったことがある。それ以降、こういう少し高さのある容器をトレーで運ぶときは、必ず手を添えるようにしている。ちょっとでも容器がぐらつけば、当時のことを思い出して胃がひゅっとする。たぶん、飲食店で働けないと思う。

 無事に席について、とりあえずコーヒーゼリーを撮影。私は絵を描くのが好きだから、食べものの写真を撮るときは、あとで絵にするときのことを考えて角度を決める。ちなみに、ソフトクリームは、峰の描き方を覚えれば、比較的簡単に、写真を見なくてもちゃんとリアルに描けるようになるし、さらっと描けたら「すごーい」となるものなので、「すごーい」と思われたい人は練習することをおすすめします。私も「すごーい」と思われたくて以前練習しました。難点は、ソフトクリームを描く機会があまりないということ。せっかく覚えた描き方を忘れつつある。

 それはさておき。ソフトクリームが溶ける前に、冷たいスプーンで掬ってひとくち。うまい! シンプルにガツンとうまい。私の体が火照っていることや、おなかが空いていることを考慮しても、かなりおいしいソフトクリームだと思った。なめらかで、しっかり牛乳の風味がする。ひとりでじーんと感動した。でも、そんなことないかな。私は、味を言葉にするとき、少し緊張する。言葉にするときというか、それを人に伝えたときに、「違うよ、この食べものはこういう味だよ」と言われやしないかと緊張するのだ。ええい、それでも、私がこのソフトクリームをおいしく感じたのはほんとうのことだ。うるさいうるさい! おいしい!

 期待に胸を膨らませて、ソフトクリームの下にあるコーヒーゼリーを掬って食べた。うん。なんか。コーヒーの味がほとんどしない。コーヒーゼリーってそういうものだろうか。それだけでなく、食感がムチムチ、ブルッとしていて、私はちゅるんとみずみずしい方が好きだから、うん。なんか。と思った。でも、空っぽのおなかにしっかりたまりそうなのは嬉しい。

 しばらく食べ進めて、ちょっと落ち着いたところで、ゆっくり容器を眺める。お冷のグラスのような、なめらかな曲線を描いたグラスに、銀色の取っ手がついている。取っ手は、一筆書きでグラスの下部から上部、そしてまた下部へとつながる細長い棒でできていた。私は冷たく曇ったグラスが大好きで、こういうとき、しげしげと見つめたり、写真や動画を何度も撮ったりする。そして、最後に指でつう、とグラスをなぞり、その曇りの調和を乱すことで、観察は終了する。

 ソフトクリームがとけて、コーヒーゼリーの割れ目から、白い筋をのばしている。蟻の巣のようである。小さな子どもが、蟻の巣の入り口に砂糖を詰めてしまうような。そして血管のようでもある。じわじわと広がっている。ちょっとしたことで、生々しい命を感じてしまう。そして勝手に気が遠くなり、ため息をつく。私がこうやって、夏は嫌だとぼやいて、水筒と日傘を携えて歩き、涼しい店内で冷たいものを食べて、きっとこれから店を出たら、バスに乗り、目的地に着いて用事を済ませ、家に帰るのだと思うと、すべて訳がわからなくなる。でも、そういうわからなさが嫌いなわけではなく、私が日々過ごすうえで、必要不可欠かはわからないが、あった方がいいものだと思っている。頭と足がふわふわとして、それにじっと向き合い、落ち着いたときが、セーブポイントなのだろう。

 残りのコーヒーゼリーをテンポよく口に運び、ゆっくりとトレーを戻してから、避暑地を後にした。うーん、暑い。熱された空気が重くまとわりついてくる。でもげんき。数分後に来たバスに乗り、目的地へと向かった。

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