瑞瑞環雨の基本①: 音楽(生きているだけで毎日が旅#2)
子供の頃、ヴィオラを弾いていた父を見て、大きくなったら誰しもがバイオリン的な何かを弾けるようになるんだと勘違いしていた。
そして大人になった私は、思ってたより大きめのバイオリン的なものを弾いている。
音楽は、瑞瑞環雨を作る大事な要素の一つになった。
音楽遍歴
最初に買ってもらった楽器はアコーディオン
4歳の誕生日プレゼントでした。
おねだりした理由はPINGUに憧れたから笑。
ピングーはアニメの中で、アコーディオンを弾きます。
ちなみにアコーディオンは、昔も今もあんまり弾けません。
最初にできるようになったのは鍵盤ハーモニカ
幼稚園では絵が下手、字も下手(というか書けなかった)、体育が下手(跳び箱は飛べず平均台に乗れない)、英語もわからない。
そんな中、鍵盤ハーモニカと手芸だけが人並み以上に出来た。
それを私は幼い頭で完全に理解していました。
7歳になったとき、ピアノをはじめる。
年長さんの時に、幼稚園にピアノの上手なお姉さんがきて、モーツァルトの「トルコ行進曲」を弾いていたのを見て、「なんだこれは!?」と衝撃を受けたのをよく覚えています。
先生に曲名をメモしてもらい、家に帰って父にCDを出してもらいました。それがきっかけで、CDプレイヤーをつかえるようになりました笑。
トルコ行進曲を弾きたいのでピアノを習わせて欲しいと1年間言い続けて、7歳の誕生日から親が習わせてくれました。
良い先生に出会えて、ピアノはどんなに忙しくても、高校生までずっと続けていました。
そこで演奏と楽典の基礎を学び倒しました。
ピアノが、あの教室が、私の音楽の全ての基礎です。
小学4年生の時、テューバに出会う
小4の冬に、地元のスクールバンドに入ります。
唯一、第1希望で名乗り出ました。小学生には人気の無い楽器です。
重たくてパワーのある低音に憧れたから、迷いはありませんでした。
周りからは変わってると言われ、父はちょっと残念そうでした。
しかし見事に馴染み役割にコミットした私は、伴奏者としてのキャリアを築きます。
小学生から吹奏楽サークルがあったことで私の音楽生活は軌道に乗りました。
テューバに全力を注ぎ、弦楽器に浮気した中学生活
中学生も迷わず吹奏楽部に入り、希望とかなく自動的にテューバ担当になりました。
この時テューバをめちゃくちゃ頑張ってたんですが、体調を崩して最後は吹けなくなってしまいました。
中学に上がると同時に憧れでギターを買いました。
しかし弦が6本あって、訳が分からなくなり、置物になります。
その後、お年玉でエレキベースをGETします。
エレキベースは弦が4本あったので、何とか弾けました。
憧れのコントラバス
高校生になると心機一転、吹奏楽のコントラバスに転向します。
オーディションを家でたまに弾いていたヴィオラの弓使いと、エレキベースの運指で突破し、
肉体改造レベルの練習を重ねます。
そして大学1年生の時、憧れていたオーケストラに入ります。
ここで猛者たちに揉みくちゃにされ、音楽が嫌いになるくらい練習をしました。
その結果、肉体改造がさらに進み、アマオケなら割とどこでも弾かせてもらえるようになりました。
バンドを組んで、急に活動的になった。
大学生になってからは、バンドを組み始めます。
オーケストラが嫌で(笑)、副業で複数のバンドが出るイベントの運営に飛び込みます。
そこに出ていたバンドのベースが忙しくなるからと、加入します。
このバンドは5年近くずっとやっています。
バンドをきっかけにアップライトベースを購入します。
電子のコントラバスを弓でガシガシ弾く。
これが他にあんまり見ないスタイルで、他のバンドにも呼ばれるようになります。
その影響でアンデス(鍵盤笛)▶︎鍵盤ハーモニカと、小物楽器に全力を注ぎはじめます。
この辺でやっと、音楽は得意だが独学は無理ということを悟ります。
大学四年生になると、ライブで得た収入で、ジャズベースと鍵盤ハーモニカの先生のレッスンを受け始めます。
社会人になってからは病気の影響で離れましたが、良い先生との出会いがあり、地味に弾けなかったエレキベースを習い始めます。
長々と描きましたが、今は全部を細くやりながら、エレキベースをメインに活動してます。
次の野望は電子ピアノです、、、。
音楽は弾かされるより聴かされる方が好きになる?
こう振り返ると楽器をひたすら弾いてたように見えますが、実際は聴いている時間が長いです。
常に私のモチベーションは
「この世にこんなに美しい音楽があるなら私の手で弾きたい」
という欲求です。
クラシックから離れて2年近く経ちましたが、まだ辞めた気になれないのは、このせいです。
いつ来るか分からないいつかのために、細く長く弾いています。
先ほど、こうなったのは父のせいだと言いました。
父は楽器を弾くだけではなく、私に沢山の音楽を聴かせました。
クラシックはもちろん、洋楽、日本のヒット曲たち、有名なアニメの曲、CMの曲など、この世にある聞いたことあるような曲を徹底的に聞かされました。
母は音楽は普通、くらいでしたが、忌野清志郎さまと、THE BLUE HEARTSをはじめとする甲本ヒロトさま(と、マーシー)の曲を叩き込まれました笑。
私が音楽にのめり込み独自性を発揮するきっかけになったサカナクションは、母が教えてくれました。
そのせいか弟と私は音楽の趣味が似ています。
ちなみに弟は運動部に行ったので音楽はピアノだけでいいのかな?と思っていたら、高校で学校が離れた途端に吹奏楽をはじめ、大学では同じオーケストラにいました。
楽器は違うけれど、姉弟でのめり込んでいます。
練習はつらいよ。でも、、、。
正直、どの楽器を選んでも、練習はつらいです。
自分のミスや未熟さを自分で見つけて認めながら、それを徹底的に乗り越える作業をしていると、逃げたくなります。
だからといって何も考えずに数をこなしても、ただ疲れるだけです。
でも、私は音楽が出来ることが、幸せで大好きです。
好きな楽器があって、音楽があって、それを好きな人たちと作れるなんて、これ以上の幸せはありません。
お客さんを喜ばせるのが好きなので、本番はさらに燃えます。
それが数多くの依頼を受けてステージをこなすエネルギーになり、そこで経験したことが全部血となり肉となる、、、。
嗚呼、音楽が好きだ。
だから辞められません。
生きている限り、音楽を完全に辞めることはしないでしょう。
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