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村田沙耶香『タダイマトビラ』読了

家族がバラバラな家庭で育った恵奈。家族欲を満足させるために、青いカーテンにニナオという名を付けて「カゾクヨナニー」をする。カーテンが疑似家族の役割を果たしているのだ。
中学生になって、同級生の「不慣れな発情」を目にして、自分の未熟さにうんざりする恵奈。早く「恋ができる肉体になりたい」と思う。恵奈にとって両親と弟との暮らしは仮の家族であって、そこから逃げるに、恵奈は「本当の家」のトビラを早く開けたいと思っている。
人間は嫌なことがあると現実逃避したくなる。しかし、その方法は十人十色だ。恵奈は本当の家族を期待する弟を現実逃避だと言うが、恵奈の「本当の家」だって現実逃避だろう。

両親との日常生活に苦悩を抱えた子供は、大人になって家族というものを理想化し、それを相手に求めてしまう。そんな家族が長続きしないのは明白なのに。
恵奈は浩平という彼氏と結婚の約束をして、これで夢にまで見た家族を作れると思った。
しかし、夏休み限定の同棲生活で、すぐに恵奈に不安(「日常を手術してしまった違和感」)が押し寄せる。恵奈は「本当の家」が本当は「砂の家」ではないかと疑問を持つ。普通ならば結婚してから気づくものだと思うが、高校生で気づいてしまったのは、著者が大人になってこの本を書いたからなのだろう。

母親が今まで溜めていた鬱憤を父親に吐き出したことで、「作り物の家」が出来上がった。

さて、ここまでは村田沙耶香のエキスは1、2滴しか出ていなかった。ここからが村田沙耶香たる所以と言えよう。

人間は生まれた瞬間から家族というシステムに組み込まれていく。どのシステムに入るかは自分では決められない。ある意味、理不尽なシステムだ。
恵奈はその家族というシステム以前の世界へ行く道を選ぶ。そして家族たちをその世界のトビラの外へと導いていく。

トビラの外に待っている世界とはどんなものなのだろうか。正直、私には想像もつかない。私は当分の間、「タダイマトビラ」を探して、町を彷徨うに違いない。それとも、そんな世界は恵奈と村田沙耶香に任せたほうがいいのかもしれない。

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