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新しいヒト・モノ・コトの見つけ方とネットワークが成長する仕組み

今回は、前回の記事の中でお話した、集団を構成している要素の関係性や相互作用について、他のモデルを紹介したいと思います。

組織のような集団の構造や、そのダイナミクスを変化させたい場合には、トップダウンによるコントロールではなく、相互作用の在り方を変化させボトムアップな変化を促すことが必要になります。では、相互作用の在り方が違うと、集団全体にどのような変化をもたらすのでしょうか?

集団の変化をネットワークで捉える

集団がどのように変化していくのか、それを可視化するひとつの方法が「ネットワーク」です。ネットワークとは、「ノード」と呼ばれる集団を構成する要素と、要素間のつながりを表す「エッジ」から構成されています。

たとえば、次の図はTwitter内でメンションをしたユーザ同士をつなぎ合わせて作ったネットワークです。ひとつひとつのノードがユーザ、あるユーザが他のユーザをメンションしたら、それらのノード間をエッジでつなぎ合わせて作られたネットワークです。

Twitterのメンション・ネットワーク(岡研の須田幹大さんが作成)

同じようなネットワークは、誰が誰にアクセスするかという情報のみならず、誰と誰がメールをやりとりしたか、誰と誰が名刺を交換したかといった情報からの作ることができます。ユーザをノードとするだけでなく、WebページやYouTube、音楽などのコンテントをノードとして扱うこともできます。その場合、たとえばWebページ間の遷移をエッジとします。このようにユーザ同士、あるいはコンテンツ同士の相互作用をネットワークとして表現し、その成長の様子を観察することができます。

たとえば、2011年エジプト革命のときにムバーラク大統領の辞任が発表された時点のハッシュタグ#jan25のリツイートネットワークの成長を可視化したものです。辞任の発表があった直後のネットワークの急激な成長の様子をみることができます。

新しいモノ・コト・ヒトとの相互作用がネットワークを成長させる

さて、こうしたネットワークはどのように成長するのでしょうか?たとえば、Twitterのメンションで考えてみると、もしこれまでに既にメンションした事ある人ばかりにメンションしていたら、メンションネットワークは広がっていきません。新しい人をメンションしていくことによって初めて新しいつながりが生まれネットワークは成長していきます。つまり、ネットワークの成長にとっては、既に知っている人にどのくらいアクセスするのか、そして新しい人にどのくらいアクセスするのか、この2つが成長を決める要素になります。

そこで今回は、まずは新しい人(モノ、コト)はどうやって見つけられるのかに関する「隣接可能空間」という概念を説明し、その後、ネットワークの成長の仕組みを説明するモデルを紹介したと思います。

隣接可能空間(Adjacent Possible Space)

隣接可能空間とは「アクセスしたことのある空間に隣接する、すぐ近くにある空間」のことを指します。言葉で説明するとなんとも分かりにくいですが、ネットワークで考えるとすぐに理解できます。

V. Loreto et al., Dynamics on Expanding Spaces: Modeling the emergence of novelties, Creativity and Universality in Language (pp.59-83), 2016,  Fig.1より引用

赤い線で囲まれているノードを中心にみていきます。まず、左の図(a)で、灰色のノードは、赤いノードからみて既にアクセスしたことがある空間です。そして、白いノードが赤いノードの「隣接可能空間」になります。灰色のノードを通じてアクセス可能だけれどまだアクセスしていない空間です。

次に隣接可能空間のひとつにアクセスしたとしましょう。そうすると右の図(b)のように新たに白いノードが増え、隣接可能空間が広がります。このように隣接可能空間は固定ではなく、常に変化します。

このように、新しいヒト・モノ・コトにアクセスするときはランダムではなく隣接可能空間に向かって広げていくのだと説いたのが、スチュアート・カウフマンという理論生物学者です。確かに直感的にも非常にしっくりくる概念です。私たちも日常の生活で新しいヒト・モノ・コトに出会い、(実際にアクセスするかどうかは別として)新しい可能なつながり(隣接可能空間)を広げているのと同じですね。

たとえば、最近多くの人に公開されはじめ話題になっている、文章を入れると画像を生成してくれるAI「DALL·E 2」を、私がはじめて知ったのはTwitterでフォローしているユーザさんの隣接可能空間を通じてでした。

このように、新しい人(モノ・コト)はランダムに行われるわけではなく、隣接可能空間を通じて行われるという概念は、特に突飛な考えでもなくそういうことも多いだろうな、という印象を受けると思います。

ソーシャルネットワークも隣接可能空間に広がっている?

そこで実際にデータを分析して、新しいヒト・モノ・コトは隣接可能空間に広がっていっているのかを確かめた人たちがいます。ローマ・サピエンツァ大学の理論物理学者のフランチェスカ・トリア(Francesca Tria)さんらの研究グループです。トリアさんらは、Wikipedia(新しい記事の作成)、Last.fm(新しい音楽が聞かれ方)、Gutenberg(新しい単語の使われ方)、del.icio.us(新しいハッシュタグの使われ方)のデータに対して、それぞれ新しさがどのようにアクセスされているかを調べました。

すると、直感通りこれらのデータにおいても、新しいものは隣接可能空間を通じてアクセスされているということが確かめられました。

このように、ネットワークの成長を決めている2つの要素(既存のものへのアクセスと新しいものへのアクセス)のうち、新しいものは隣接可能空間の探索によって行われているということが分かりました。

さて、ここで一言に「隣接可能空間」といっても、もちろん全ての可能空間にアクセスできるわけではありません。たとえば、新しい人に出会ってその人を通じて新しく友人になれる可能性のあるヒトが500人いたとしても、その500人全てと友人になれるわけではもちろんありません。実際に知り合いになるには、その人に紹介してもらわないといけないですし、時間は有限ですので会える人数も限られてきます。そして、どのような人を紹介してもらうかがネットワークの成長には大きく関わってきます。知り合いの中からもっとも有名な人を紹介してもらう場合と、共通の興味を持っていそうな知り合いを紹介してもらう場合では、その後のつながり方(つまりネットワークの構造)が異なってくるのです。

隣接可能空間を取り入れたエージェントベースモデル

ネットワークの成長を決めている2つの要素(既存のものへのアクセスと新しいものへのアクセス)、それに隣接可能空間の探索方法。これら3つの要素を変化させると、どのようにネットワークの成長が変化するのか?それを確かめるためのエージェントベースモデルが提案されています。

ここでエージェントベースモデルとは、要素の相互作用をコンピュータプログラムで記述し、条件を変えながらシミュレーションを行い、集団の創発的な振る舞いを調べる方法のことを指します。前回の記事で紹介したボイドモデルもエージェントベースモデルのひとつです。

このエージェントベースモデルは、前述のネットワークの成長を決める次の3つのルールに従って実行されます。

  1. 既にやりとりしたことがあるユーザにアクセスする強さρ

  2. 新しいユーザにアクセスする強さν

  3. 隣接可能空間の探索ルール

モデルの詳細な説明は省略しますが、これら3つのローカルなルールに基づいてシミュレーションを走らせると、ネットワークを成長させていくことができます。そして、ρとν、そして隣接可能空間の探索ルールを変えて実験してみたところ、世の中の色々なネットワークの構造とマッチするものを作り出せるということが分かったのです。

Twitterメンションネットワーク実データ(左)とモデル生成のネットワーク(右)

業界のトレンドの違いも明らかに

たとえば、上述の論文では、「論文の共著ネットワーク」、「携帯電話の通話履歴から作られるネットワーク」「Twitterのメンションネットワーク」の3つのデータに対して、最もマッチするモデルのパラメーターを探っています。

次がその結果です。レーダーチャート上のパラメーターはネットワークの構造やダイナミクスを示すさまざまな指標です。青い線は実データ、赤い線はモデルの結果を表しています。多くのパラメータで実データとモデルが非常に近い値を示していて、モデルが実データをとても良く捉えられていることが分かります。

Ubaldi et al., Emergence and evolution of social networks through exploration of the Adjacent Possible space, Communications Physics, 4(28), 2021, Fig.4より引用

論文の共著のネットワークは、既に知っている人と共著にある力(ρ=5)より新しい著者と共に執筆する力(ν=15)が大きいのが特徴です。そして、著者は好んで最も最近の共著者をお互いに共有しあっている傾向が強いようです(ルールASW)。νの値がρよりもかなり大きい理由は、大学などもそうですが、常に新しい学生が研究室に入ってきて、卒業する学生も多いことが関係していそうです。

携帯電話の通話ネットワークは、人々は新たな繋がりを探索するよりも(ν=7)、既存の繋がりを強化する(ρ=21)が傾向がかなり強いようです。また、他の人に新しい連絡先の候補を提案する場合、よく連絡している人ではなく、最も新しい連絡先を交換する傾向があるようです(リールASW)。

Twitterのメンションネットワークでは、既に知っている人へアクセスする力(ρ=5)と新しいユーザを探索する力(ν=5)が同じ値となっていて、両方のプロセスが同じくらいの割合で行っていることがわかります。また、隣接可能空間の探索は、自分のもっとも頻繁に交流しているユーザを新しい潜在的なつながりとして共有する傾向が強いようです(ルールWSW)。

学術論文のネットワークが最も探索的、つまり、新しい人とのつながりが多いという事実は興味深いです。新しい人を求める探索的な行為と既知の人との繋がりを強化することのバランスが、学術世界のイノベーションと関係しているのかも知れません。論文で分析されたのは物理学の分野のものです。たとえば、他の分野の共著者ネットワークに対しても同じ分析をし、新陳代謝が良いコミュニティとそうでないコミュニティで、出版される論文数やインパクトの高い研究がどのくらい行われているかといった比較を行うことも可能だと思います。

このように、サービスや集団にによってどのくらい新しい人とつながりやすいかは異なり、その結果、ネットワークの成長の仕方や、そのトポロジーは異なってきます。

そして、このエージェントベースモデルが示すように、全体をコントロールするようなパラメータがなくても、相互作用のルールのみから実世界の集団のダイナミクスや行動をうまく捉えることが可能なのです。大規模なデータの分析からそれが実証されてきているのは、非常に面白いなと感じています。


さて、今回の記事では、隣接可能空間という考え方、そして相互作用のみからネットワークの成長をシミュレートできるモデルを紹介してきました。
こうした研究からも、集団にとって重要なのは、全体をコントロールするようなパラメータをみつけるのではなく、集団としてうまく機能するような相互作用の仕組みをみつけることだ、というEvolutionary Teal Organization で重要とされている裏付けになっていると思います。

大学の研究室や顧問を務める株式会社ブランクスペースでは、こうした研究成果を実際のビジネス分野で活用すべく、企業と共同研究や共同開発を行っています。ご興味ある方はぜひご連絡いただければと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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