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VUCA時代に求められる組織の在り方ーティール組織

VUCA時代

VUCAとは、Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で「社会にとって未来の予測が困難な状態」を意味し、ビジネスでも最近良く目にします。Googleトレンドで「VUCA」の検索回数の推移をみてみると、2015年頃から検索回数がどんどん増え、2022年には2004年と比べて100倍も検索されているキーワードであることがわかります。

Google Trends:「VUCA」キーワードの検索回数の推移
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=VUCA

このように「VUCA」というキーワードが注目されている背景には、社会の変化が激しく先の見通しを立てることが難しくなっていることが挙げられます。これまでの常識が覆され、既存の方法論が通じないと言われるVUCA時代。ビジネスにおける課題も複雑化する時代を生き抜くために注目されているのがEvolutionary Organizationという新しい組織の在り方です。

Evolutionary Organization

Evolutionary Organizationは、ティール組織(Teal Organization)として、フレデリック・ラルーの著書「Reinventing Organizations」(『ティール組織』英治出版 2018)でも紹介され、知っている方も多いと思います。

ティール組織における組織は、目的を実現するために進化し続けるひとつの生命体として捉えられています。そのため、ティール組織ではリーダーが命令や指示を出しそれを社員が実行する、というトップダウンの階層構造ではなく、目的を実現するためにメンバーが協働しながら意思決定します。

ティール組織を実現している会社

階層構造が存在する組織にすっかり慣れてしまっている私がはじめてティール組織について知ったときの素直な感想は「本当にそんなことできるの?」でした。しかし、指示系統がなく、自分たちのルールや仕組みを自ら作りながら意思決定し、責任も負いながら上手くいっている会社が本当に存在するのです。

ティール組織の代表例としてよく取り上げられるのが、Buurtzorg(ビュートゾルフ)というオランダで在宅介護支援を提供する会社です。その特徴は、12人ほどの看護士でひとつのチームを作り、1,000以上のチームがそれぞれ意思決定しながら独立に運営していることです。介護を受ける顧客に寄り添い質の高い介護を提供するという目的のもと、セルフマネジメントしながら自律的に動いていくという組織が実現しています。

従業員満足度と顧客満足度の両方が非常に高いことで知られるビュートゾルフですが、それだけではなく医療費の削減にも貢献しています。ビュートゾルフが実際に介護に掛ける時間は、医師が診断する「介護に必要な時間」の40%未満となっているからです。決して手を抜いた介護をしているわけではなく、顧客の自律を促すような介護を家族や親戚、そして周りに住む人々との関係性を築きながら実現しているからです。実際、Ernst & Youngの調査によると、ビュートゾルフが提供する介護支援によって患者一人あたりのコストが20〜30%削減されたということです。その結果、オランダ社会保障制度は、毎年数億ユーロの節約につながっています。

他にも、アウトドア用品の製造販売を手掛けるPatagonia(パタゴニア)もティール型の組織運営をしている会社として知られています。パタゴニアの組織構造は、リーダー層、マネージャー層、プレイヤーと層に分かれています。リーダーはいますがその役割は取り組むべき問題を定義し、マネージャーとチームを選ぶことのみです。それ以降の意思決定は、全てマネージャーとチームに委ねられています。チームメンバーは、自律的に責任をもって仕事を進めます。また、ここがポイントだと思うのですが、マネージャーはチームメンバーに対して適切なコーチングをするメンターやサポーターの役割を担うために存在しています。命令や指示を出す絶対的なボスではなく、あくまでチームメンバーがそれぞれ自律的に動けるためのサポート役として位置づけられているのです。社員が責任を持って仕事を行っているという信頼があるため、勤務中であっても「良い波が出ているときには社員をサーフィンに送り出す、といったようなことが日常的に行われている」といいます。人材の定着率も良く、退職率は4〜4.5%と業界の中で非常に低い数字につながっています。

ティール組織におけるリーダーの二つの特徴

ビュートゾルフやパタゴニアのように、ティール型の組織を実現している会社はメンバーの満足度も高く、結果的に会社の業績も良くなるという良いことづくめのようにみえます。

そこで、ティール組織を実現するために会社に求められる資質や考え方について具体的に書いてある本がないかなと探していたら、次の本を見つけました。The Readyという組織改革のコンサルティングを提供している会社のCEO Aaron Dignan氏による『Brave New Work: Are You Ready to Reinvent Your Organization?』という本です(日本語訳はまだのようです)。

本の中でティール組織を実現している会社に共通してみられる二つの特徴について言及されていました。「People Positive」と「Complex Concious」です。二つとも私の専門分野であるALIFE(人工生命)にもつながる非常に共感できる考え方です。

People Positive

People Positiveな会社とは、会社にとってそして顧客にとってプラスとなる行動をしてくれると、人々を信じている組織です。人は怠慢で、愚かで、信頼できないという前提に立って物事を進める組織では、わたしたちは力を発揮することはできません。人を信頼して親切に接すると、内発的動機に従って行動するようになり、それがセルフマネジメントへとつながります。

本の中では、フランスの自動車部品メーカーFAVIでの例が紹介されています。人々は信頼できずコントロールされるべき存在として組織が機能していたときは、勤怠管理にタイムカードが用いられており、5分遅刻するとその分、給料から差し引かれるというルールで会社が運用されていました。また、新しい軍手を手に入れるのさえ大変な作業でした。上司から引換券をもらい倉庫まで歩いて行き、軍手と交換するという手続きが必要でした。手袋の値段よりも、作業を中断している時間の方が大きくなってしまうような状況が作られてしまっていました。

そこで、新しくCEOになったZobristは「人を信じれば、正しいことをする」という信念に基づき行動を起こします。まず社員を集め「明日出社したら、私のために働くのでも、上司のために働くのでもない。君たちは顧客のために働くのだ。お客さんのために必要なことをするんだ」と伝え、タイムカードも、ノルマも、管理をなくしました。社員に求めたのは、お客様のために、そしてお互いのために正しいことをしようという姿勢のみでした。FAVIは、数十人のチームからなる「ミニファクトリー」に組織化され、それぞれが好きなように活動するようになり、上司の許可や引換券などまったく必要なく新しい機器を購入することができるようになりました。その結果、年間平均3パーセントの価格引き下げに成功したのです。そしてその後25年以上、顧客からの注文に遅れることなく出荷を続けています。

社員同士を対立されるような業績評価指標によるインセンティブもなくしました。代わりに会社全体の利益の一部を分配するようにしたのです。その結果、多いときには16カ月分の給料が支払われる年もあります。多くの競合他社が中国に工場を移す中、FAVIはヨーロッパで唯一、約50パーセントのシェアを誇る自動車部品会社となっており、現在は中国にも輸出しています。

このようにPeople Positiveであることは、全ての人が能力ある信頼するべき人であることを前提とし、そのような行動を期待するのです。人々を機械のように扱えば機械のようになるし、オールスターのように扱えばオールスターになるというわけです。

機械の自律性を引き出す

People Positiveであることによって、人々の自律性を引き出すことができることをFAVIの例は示しています。

ALIFEもその研究テーマのひとつに、機械へどのように自律性を持たせることができるかがあります。たとえば、Alter(オルタ)というアンドロイドを使った研究(東京大学の池上研究室)があります。Alterは自律的に行動する機構が埋め込まれていて、周りに誰もおらず何もない空間でもそれまでAlterに蓄えられた記憶にアクセスすることで、自律的に動くことができます。

けれど、Alterを何も無い空間にずっと置いておくと自律性はそれほど発揮されずどんどんと単調な動きになっていきます。そこで、人間の動きを模倣するようにAlterと交流させます。すると、Alterの動き方のバリエーションが格段に増えます。高い自律性を持つ人間と交流させることで、Alterの持つポテンシャルが発揮されるのです。Alterのような機械でさえ、機械的に扱うのではなく自律性を持つ対象として扱うことでそのポテンシャルを引き出すことができるのであれば、人間であれば尚更です。People Positiveな組織の中で活動し交流することは、人間の本来持つ自律性を相互に高め合うことにもなるのです。

Complex Conscious

ティール組織に共通してみられるもうひとつの特徴が「Complex Conscious」です。Complexとは日本語では「複雑な」と訳される言葉です。Complex Conciousな組織とはどういうものかを理解するために、同じように「複雑な」と訳されるComplicatedとの違いから考えてみたいと思います。

たとえば、車のエンジンはComplicatedですが、車の渋滞はComplexです。あるいは、ソフトウェアはComplicatedですが、ソフトウェアを作るスタートアップはComplexです。高層ビルの建築はComplicatedですが、都市はComplexです。どうでしょうか?ComplicatedとComplexの違いがなんとなく分かってきたでしょうか。

Complicatedな問題は、要素に分解することで解決可能かつ制御可能なものです。たとえば、車のエンジンは壊れてもどの部品が壊れているかを突き止め修理することができます。一方、車の渋滞の原因はどこか特定しようとしても、どれかひとつの車が原因だと特定することはできません。同様に、ソフトウェアも動かなくなった場合、その原因がどこにあるかを突き止め、直すことが可能です。ソフトウェアを作っているスタートアップが上手くいかなくなった場合、その原因がどこにあるのか特定することはなかなか難しいでしょう。このように、Complexな問題は、因果関係を特定することができないため、Complicatedな問題のように解決することはできません。できることは対処することだけです。

Complexなシステムは、多数の相互作用する要素によって構成され、リーダーや中央制御を必要とせず、適応的あるいは創発的な振る舞いをするシステムのことを指します。そのため、Complexなシステムは構成要素そのものよりも、要素間の関係や相互作用が重要になります。組織も生来的にはComplexなシステムです。制御できないはずのものを制御しようとするとそこには齟齬が生まれますし、本来持つ力を発揮することもありません。

ボイドモデルとキーストーン

ALIFEはどのような相互作用からどのようなComplexな現象が生み出されるのか、実験を通じて明らかにしようとしている分野でもあります。その代表的な例が、3つの相互作用のルールから生み出される鳥の群れをシミュレーションしたボイドモデルです。

ボイドモデルの3つのルール
https://bacrobotics.com/Chapter8.html より引用

以前にnoteで紹介したkeysone(キーストーン)もComplexなシステムだからこそ生まれる創発的な現象です。キーストーン種がいる組織は、情報がスムーズに伝搬し、ひとつの生物のように有機的な関係性が内部で構築される状態になる傾向があります。誰かひとりが派手に活動しているわけではなく、ひとつの集団としてうまく機能しているのです。

ボイドモデルが生み出すような、あるいはキーストーン種を生むような組織は、その相互作用からどのような現象が生み出されるか、事前には予測できません。また誰かの思い通りに全体をコントロールすることもできません。組織をコントロールして目標を達成するべきものとして扱うのではなく、組織のパフォーマンスはセルフマネージメントと集合知の結果であると考えることが重要です。適切な条件やローカルなルールさえ整えれば、誰もが目標を達成するための方法を自発的に見つけることができるようになるはずです。


今回は、VUCA時代にComplexな課題に対処するためのティール型組織の有効性、People PositiveやComplex Conciousという考え方の重要性についてお伝えしてきました。People Positiveによって引き出される人間が生来的に持つ自律性、そして自律的な個人間の相互作用が生み出す創発現象や集合知。どちらもALIFEにおける研究でも重要な概念です。「集団を生命体として捉える」という点において、ティール組織とALIFEの研究は共通しています。ALIFEの知見が組織論にどのように活用できるかについて引き続き探っていきたいと思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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