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#02 いま、ここにいるわたしとあなた。河原温の、時間を歩くアート

こんにちは。
このnoteでは、特に傷ついたり、疲れたりすることを経験した今、日々の生活のなかで、私たちのこころに寄り添ってくれる芸術作品やアート作品を紹介します。

今回ご紹介するのは、現代美術家の河原温の作品です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/河原温

“I AM STILL ALIVE.”

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《I AM STILL ALIVE》, 1973, 出典:https://www.moma.org/collection/works/96314

河原温は1933年、愛知県に生まれ、17歳頃から作品制作を始めました。
初期の作品は主に鉛筆素描の形をとっていました。当時の代表的な作品は《浴室》などで、発表当時はその異質さから、非常に注目されました。

彼はやがてメキシコ滞在を経て、1962年にニューヨークへ。
そこではドローイング作品を次々に発表します。特に、彼の後の作品に大きく影響を与えることになったのが、1965年の《Title》、そして《Location》です。

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《Location》, 1965, 出典:https://postwar.hausderkunst.de/en/artworks-artists/artworks/lat-3125n-long-841e

この作品では、彼はキャンバスに活字体の白い文字を描いています。その内容は、サハラ砂漠のある一地点を指す緯度と経度です。
これらの作品を嚆矢に、河原温は文字を使ったコンセプチュアル・アートを発表していきます。

冒頭に引用した作品、《I AM STILL ALIVE》は、世界各地から特定の人物宛に電報を打つ、という作品です。その内容は、「私は未だ生きている——河原温」という一文のみでした。
20世紀のアート・シーンに大きく影響を与えた彼は、2014年に亡くなります。ですが、彼の存在、そして作品は今もなお、私たちのこころに触れてきます。

今日を、私は生きた。河原温の《日付絵画》

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《OCT.26,1971》, 1971, 出典:https://www.latimes.com/local/obituaries/la-me-on-kawara-20140721-story.html

彼の代表作とされるのは、 ”Today” Series と呼ばれる連作です。
この作品は、河原温が作品の制作日をキャンバスに白い文字で刻むというもので、作品がその日のうちに出来上がらなければ破棄されます。この作品は不定期に制作され、その日の新聞記事の切り抜きが貼られた箱も共に作られました。
鑑賞者はこの作品に相対するとき、河原温彼自身の——そして、かつて世界に存在した、特定の「時間」そのものが、作品中にとどめられていることに気付くのではないでしょうか。
例えば、「1971年10月26日」。この日を、生きた人々がいた、ということ。ひいては、この日という時間そのものは、本当に存在していた、ということを、何度も修正を重ねて描かれたキャンバスの白文字が、私たちに伝えてきます。
この作品について河原温が考えていたことの全ては、私たちには解り得ません。けれど、この作品はきっと、「『今日』を、誰かが生きた」という事実を、キャンバスにそっと保存してくれているのではないか、と私は考えます。

1,000,000年を歩いてあなたに出会う

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《One Million Years》, 1999, 出典:https://www.artbasel.com/catalog/artwork/51624/On-Kawara-One-Million-Years

“One Million Years” と刻印された、分厚い二冊の本。一冊目を開くと、1969年を起点とした「過去」の年号が、二冊目には1981年を起点とした「未来」の年号が、延々とタイプされています。

「過去」の本にタイプされているのは、紀元前998,031年(998,031 BC)から、1969年(1969 AD)まで。そして最後に、献辞としてこのような言葉が添えられています。

“For all those who have lived and died.”
——引用:David Twiner (archived by Study Lib) https://studylib.net/doc/8784993/on-kawara-–-one-million-years

「未来」の本には、いくつかバリエーションはあるものの、MoMAにコレクションされている作品の場合、1993年(1993 AD)から、1,001,992年(1,001,992 AD)までがタイプされています。こちらにも、献辞として、河原温の言葉が添えられています。

“For the last one.”
——引用:David Twiner (archived by Study Lib) https://studylib.net/doc/8784993/on-kawara-–-one-million-years

この作品では、過去にあった特定の「時間」、そして未来に来るべき特定の「時間」は、年号という形をとって、端的に示されています。そこに含まれているのは、私たちがたどってきた、そしてこれから歩んでいく人間の営みそのものだ、と私は考えます。
これまでの百万年間、生きて、そして死んだ、すべての——そして、これからの百万年間、生きてはいつか死んでゆく、すべてのひとの存在そのものを肯定し、保存しようとする試みが、この作品なのではないでしょうか。
多くの「歴史」書において、無名のひとびとの存在や、そこにあったはずの生活は、語られないままに終わります。ですが、私たちが求めずにはいられない曖昧な何か——それはあるいは「美」なのかもしれない——は、実は、かすかに光り続ける「誰か」の生活の隙間にこそ、見つかるのかもしれません。《One Million Years》は、百万年まえに生きていたひと、百万年さきに生きるひと、そして私たちを、地続きの「時間」の中で逢わせてくれる、唯一無二の作品です。

今回は、日本のコンセプチュアル・アートを代表する美術家の河原温と、彼の作品についてご紹介しました。もし楽しんでいただけたなら、幸いです。お読みいただき、ありがとうございました。

ヘッダー引用画像:《One Million Years》, 出典:https://www.museummacan.org/performance/on-kawara-one-million-years?lang=en

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