丸まった人
母が幻覚を見て倒れたのは、帰省が終わって1週間も経たないときだった。
その「直前の帰省」を合わせるとこの4ヶ月半のうちに、私は東京―福岡間を8往復している。
親が認知症となると、何かの支援を受けるにも、新しい病院を受診するにも、家族がいないと進まないからだ。
そんなことしているうちに、母の中で私が「月に2度、帰ってくれば4日ぐらいはいる人」になってしまっている。
今回も、用があるのは2日なのに、その用事と飛行機の都合で3泊4日だ。弾丸のつもりだったのに、結局平日のほとんどを母に費やすことになる。
母の顔をリアルに見ていない日は、母の声を聞く。そのうち半分は、愚痴が入る。行きたくないデイサービスについて、私だけ低いベッドに寝かされた、ベッドはひとつしかなくて1台に対し丸まった人が3人寝かされる、寝ていたら看護師がぶつかっていく等々、聞くたびに壮大に変化していく文句を聞かされる。
そのひとつひとつが、私を追い詰める。
性格、病気、その他諸々の事情で、母にとっては真実、なのかもしれない。
だけどなんでも自分の思う通りになると思われても困る。
それとは別に、母が「ベッドの上に丸まった人が寝ている」と言い続けることがちょっと気になっている。
最初は横並びに3人、丸まった人が寝かせられていた、だった。
それからも、ベッドに一人だけだったり、寝ている人の足元に丸まった人が一人だったり、とにかく「丸まった人」が出てくる。
昨日、二泊三日で犬の看病をした帰りの車でこの「丸まった人」の話を訴えられたときは「いい加減にしてくれ」と電話を切ってしまったが、このときは、母の隣のベッドの足元に「丸まった人」だった。
母はレビー小体型認知症と言われている。
レビーの特徴は、「人や動物の幻覚を、本当にその場にいるかのようにありありと見る」ことだ。
視界に入ったちょっと見慣れないものを認識するときに、そのままの形じゃなくて記憶のなかの別のものと脳がすり替えてしまうのだそうだ。
母の見る幻覚は、虫とコップ以外はほとんどがただの丸だった。
ついに人の幻覚を見だした、ということか?
虫や丸のときと違い、母は丸い人を幻覚だとは決して認めない。これぞ典型的「レビーな幻覚」じゃないか。
まだ先と思っていたパーキンソン病の症状も、意外と早く出たりして。
区変の結果が分かるのは早くても6月頭なのに。。うーん。
※区変=区分変更の略
介護認定の区分が実際の状態と合ってない場合、認定の期限が切れる前に区分変更を申し出ることができる。その申請をすると、自治体から調査員が来て、再度ヒアリングベースの調査をし、介護等級を審査し直す。所要期間はだいたい1ヶ月ぐらい。
認定は、軽いものから「要支援1・要支援2・要介護1〜5」となる。
要支援はサポートがあれば自立生活ができるという認定なので、地域包括支援センターという地域住民全体の保健福祉を担う機関からケアマネージャーがつくが、要介護1以上は民間の「居住介護支援事業所」と契約し、そこのケアマネージャーが担当となる。
母が今区変をしようとしているのは、母が入るのを希望している(うち母に必要なケアがちゃんと受けられる)老人ホームが要介護1以上の人しか受け入れないためで、あれこれ忘れまくって理解力も急降下なのに独居状態の母が少しでも安全に過ごすために通い始めた週2日のデイサービス(送迎つき高齢者日中預かりサービス)への妄想を含んだ文句を聞かなくて済むようになるためには、まずこの区変が成功する以外にない。
調査は「○○はできますか?」という、当該高齢者に対する質問ベースで行われて、大抵の高齢者はできなくても「できます」と答える。調査員が来ているときは緊張して、いつもできないこともできてしまったりする。国は膨らむ一方の介護保険の予算を削りたいから、等級を低く出す傾向がある。なので、調査員が来るときは、家族がそばにいて、現状をしっかり報告することが重要である。
ちなみに要支援から要介護への区変を企てる場合、地域包括支援センターの担当ケアマネさんに要介護になったときの事業所とケアマネさんの候補を出してもらって決めて、その人と現ケアマネさんと当事者のケアに現在かかわっている事業所の担当者(うちならデイサービスと訪問看護師さん)、当事者本人、認知症の場合はその家族が一同に介して「担当者会議」を開く必要がある。
区変だけでなく、介護保険とその周辺の支援を受けるためには、いちいち担当者会議を開かないといけない。これがめんどくさい。
区変であれば、全員の予定調整、日程決め、資料づくり、会議の進行、区変申請のための書類作り、申請、その後のフォローまで全てが現在のケアマネさんの仕事になる。母が気に入るデイサービスに選び直したいと今私が言ったとすると、新たなデイサービス事業所の候補ピックアップ、見学のアレンジ、選択、今だったら新担当予定ケアマネさん含む全ての事業者を集めた担当者会議そして契約が同時進行することになるのだ。たくさんの担当を抱える地域包括支援センターのケアマネさんが、さらにその全てを担うのだ。
だったら、母に「丸まる人が寝ているベッドがあるぐらい我慢しろ」と言うのがやっぱり、筋じゃないですか。
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