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わたしの母は紫陽花色。

母が花を好きだという事実を知ったのは最近。
20代は全くと言っていいほど家に寄り付かなかったので、そんな事は知る由もなかった。

わたしが組織生活に終止符を打ち、「もうフリーになってやる!」と決意した30代。とりあえずお金がないので、実家に帰った。

わたしが家を出ていた空白の10年間。その間、おばあちゃんが施設に入所したり、妹が彼氏と住みはじめたり、お姉ちゃんが転職を繰り返したりしていた。

アルバムのページをめくるみたいに、母からそんな話が聞けたのも、久しぶりだった。時間があったから、海辺を毎朝散歩する父親にわたしも母も参加する日々が始まった。

香椎浜の海岸沿いは、遊歩道がきれいに整備されている。赤色に塗装されたアスファルトは、クッション性があって歩きやすい。いつだったか忘れたけれど、母親とお揃いで買った紫色をしたナイキの靴が、赤色の道路に妙にマッチしてなくて、なんだか可笑しかった。

父親はこの海沿いをぐるっと一周し、調子のいい時は、アイランドシティ方面にまで足を伸ばすらしい。72歳と思えない軽い足取りで歩くもんだから、わたしと母はいつの間にか父と別行動を取るようになったのだけど。

空の色を映し出す青い海に、そっと耳を傾けたくなる波の音。

沖縄みたいな美しさはないけど、わたしはこの海が好きだ。
途中、観覧車が見えるポイントがある。昔、従姉妹や家族となんども出かけた遊園地。短いジェットコースターは誰も乗っていないのに、ギーギーという鈍い機械音を立てて走っていた。

母と2人、何を喋るわけではないけれど、こんなに気持ちのいい時間を共有したのは10代の頃以来かもしれないな。

母は時々、路肩で出会う花の名前をつぶやく。
「カンナが咲いてるよ」「椿がたくさん落ちてるねえ」
わたしが聞き返すたび、いつも「あんたは本当に花を知らないねえ」と苦笑いされてしまうのがオチなのだけど。

そういえば、我が家の庭にも、たくさんの花が咲いている。そんなことに気づいたのも、30代に入ってから。わたしは本当にこの家の住人なのだろうかと疑ってしまう。

だって、調理器具や洗濯バサミや犬のエサの場所も、母親しか知らない。だからきっと、ここは父親でもなく姉でもない、母の家なんだと思う。

最近、義理のお母さんが団地にこっそりと紫陽花を植えている話を聞いた。その話を母にしたところ、「紫陽花いいねえ」と言っていた。

え?そうなの?
内心驚く娘。

長身の母は、ワンピースが似合う。夏になると登場する紫陽花色のあのワンピースは、そういうことだったらしい。

わたしは、花を見るたび、記憶を手繰り寄せるようになった。母のように、花の名前を誰かに伝えられるようになるまで、もっと興味を抱いて、季節を愛でる。またきっと。

#母との思い出 #家族 #自分にとって大切なこと

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