硝子の味
きっかけはなんだろう。
正直覚えていないから辿ってみることにした。
7月中旬
スマホが壊れかけ始めた。
というか元々壊れてはいた。
画面の端がいつだったか割れてしまっていたから。
だが、なんかそんな物理的な故障ではなく、なんというのかな。
画面に緑色の線が1本が走った、というか、
多分放置していたら画面が見えなくなっていたのだろうという、
半ば寿命のような壊れかけ方をしていて
8月中旬、線が三本になったところでこのままではいつ使えなくなるかわからない、と思い私は、
父親に礼儀正しく頭を下げ、保険を使って同機種のものを低価格で買い、
データ移行を行った。
それが今回の硝子騒動のきっかけ。
ちゃんと背景を書いてみて思うのは、
旧Twitter等で少し騒いでなんだか大騒動のように見せかけた私だけれど、実際は言うほどあまり大したことじゃないということ。
簡単に言えば強化ガラス食んだだけ。
いや、それは言い過ぎだ。
強化ガラスを口に含んだだけ。
新しいスマホにデータを移行し終えた私は旧スマホを電話会社に送り返すため、旧スマホに残っている重要なデータが無いか調べていた。
傍らの母親はグロテスクなドラマを見ている、
…かと思いきや、寝ている。
やめて、ドラマ止めて、なんか辛い
と叫んでみたかったが、怒られる、というか、なんだコイツって目で見られることは明白なため、黙ってチャンネルを変えた。
つけたのはアニメ。
……こちらも言うてグロテスク。
まぁ、アニメなら何でも許されるというものだ。
リアリティのある人間が死にかかっているのを見るのは現実でも、ドラマでも、苦手なのだ。というか嫌いなのだ。
演劇ならまだしも、血が出ていたり、顔面蒼白超えて土色の人間は気色悪い。見たくない。
己がそうならまだしも。
他人は嫌なのだ。
嫌。
アニメや舞台の死人はリアリティがある意味無いから、
というか、物語が強いから、というか。
そんなこんなで。
多分。
特に変わったことはしていないのだと思う。
旧スマホの色々あって(それはまた別で書いてみたい物語でもある。)割れてしまった強化ガラスを本体から外して、左端少し以外割れていない旧ガラスの画面はまっさらな新品よりもきれいに見えたことは覚えている。
そして。
気がつけば、パキ、と。
透明な音がした。
それは比喩的、でなく。
本当にそのままの意味で
音、が、ボクの内側から響いた。
ガラスが口内で弾けたのだ
と、気がつくには流石に、少しだけ、時間を要した。
いやいやどんな展開だよ、と
頭は追いつかなかったし、
多分きっとここで描くべきなのはガラスを喰むまでの過程なのだろうけど、
悲しいことに私はそこまでを一切覚えていない。
いや、多分何らかの感情を抱いていたのは確かだ。
残り香、または、残滓、とでもいえばいいのかな。
私は私について知らないことが多い。
知らないことばかりである。
だから、稀に起こる、唐突に自分のことが少しわかったような感覚。
これが大人になる、ということなのか、と思うけれど
多分、きっと違う。
でもそう思っておくことで私は壊れきらずに済むのだ、と。
そういう、謎の実感を伴うことがあって、
…まぁ、話を戻すと、残っているのだ。
新しい感覚が。
嫌なことに。
自分がガラスを食べたらどうなるのか、という。
好奇心を含んだ諦めの感情が。
だから、推するに死に近づきたいな、とでも、思ったのであろう。
「お菓子を食べよう。」
という軽さで、
ただ、
ガラスを口に運んだだけ。
ガラスを口に入れただけ。
実際。
マシュマロをその時食べていたけれど。
マシュマロとガラスを間違えたわけではなく。
意思を持って
折って
それこそマシュマロ2つ分程の大きさにして口に運んだんだ。
それだけは確信していた。
なんとも言えない話である。
パキ、と、音がなって。
なにかが違う。
と、気がつくのは存外早かった。(早くなかったら危うかったかもしれない。)
瞬間。
本能的に息をすることを止め、それでも。
は、ぁ、
と、細く、軽く、息がこぼれた。
口から。
ひらひら、と思いの外軽そうに。
しかしダイヤモンドにも思えるくらい光を反射した重そうな破片も混じりながら。
黒いズボンに散らばった。
まるでこのため、とでも言うかのような演出に頭が混乱した。
幾らかそのままでいた。
息が止まりながらも薄く空いた口からはハラハラと破片が堕ちていく。
喉がカラカラに乾いていくような気がした。
本能的に喉が少し閉じたような気がした。
息ができなくって。
私は、は、と目を見開いた。
グラグラと不安定な、幽体離脱をしたかのような(経験したことは多分ない)無心から開放され、自分事として認識できた瞬間だった。
それからおおよそ16秒。
そろそろ苦しくなってきた。
状況を信じられないながらに冷静に認識した私は。
口を閉じてみた。
すこしの。
現実への。
抵抗。
でもそれは虚しくも失敗に終わる。
正直、虚しくもなんともなかったけれど。
多少の苦痛を感じたのは確かであろう。
いっ、っ、ぅっ、うあ、っ
と、痛た、と言いたかったのだろう私は言葉にさえできなかった、
少しだけ狭くなった口内に、少し、刺さったのもあって。
それ以上のことはできなかった。
呻き声のような言葉が脳内に反芻する。
ぐ、と顔が歪んだ気がする。
そう信じたい。
無表情でないことを願っている。
そこまで冷静にいたくはない、と、場違いに思った。
だが、一瞬。
苦痛に悶えたとしてもほんのひと時。
わたしは薄く笑った。
口角を上げられたか、と、言われるとなんとも言えないけれど
笑っちゃった。
そしてまた少し刺さる破片。
馬鹿みたい。
爆笑することを堪えるみたいな時間が数分、(も無かったかも)続いて、もはや可笑しくて、晴れ晴れしたかのような気持ちのままに指を口に入れた。
手に触れた破片をとりあえず取ってみる。
本当に強化ガラスだった。
思ったより綺麗に割れていたそれを敢えて片手で砕く。
服に落ちたけれど今更だろう。
そうして幾らかの破片をとりだして、ようやくきちんと普通に息が吸える、と思った。
のも、
束の間。
奥歯でガリ、という感覚がした。
今度は多分露骨に顔をしかめてしまったと思う。
喜ぶべきなのか、どうなのか、
その不快感を考えると些か素直に感情を受け入れたくなくなるのは、きっと当然のことだと思うけれど。
それと同時に今まであまり気にしていなかった硝子の刺さった痛みと、細かい破片の舌触り、滲んだのであろう血液の味。
きっと先程までの私は思ったより焦っていた。
私自身、少し意外であったのだけど、
死にたいとか生きたいとか、そういうこと関係なしに
硝子を食すのは嫌だった。
驚いた。
未だボクが諦めきれない物があるだなんて。
物、なのかは怪しいけれど。
まあ案外結構「嫌なこと」は、まだあるのだな、と
感慨深く思ったりもした。
結局、取り切れず、飽きて、口の中をゆすいだ。
あっけない終わり。
微妙な痛みは残ったけれど。
血の味が、気持ちばかり口の中に残って
硝子は食べ物でないな、って再認識してみたりした。
だから、というのは可笑しいかな。
でも、だけど。
硝子に味は多分なかった。
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