【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#53
11 公儀と朝廷と戦と(4)
聞多はふと兵力について考えるところあって、補充の動員の案を西郷と大久保のところへ行って話をした。尼崎と姫路攻めの長州軍を京、大坂に持ってこようというのだ。大坂城に幕軍が籠城した場合、こちらの京の備えも考えなくてはいけなかった。何しろ古より、京を守って勝てたことはないのだ。まずは京への補給線の確保をすること。次に大坂で打ち破る力が欲しいと思った。出来れば多方面から挟撃できるのが良い。
「長州の軍の指揮官は出払っているので、私が移動を命じたいと考えました。山陽方面の福山攻めの軍の他に、石州を回って雲州側から大阪に入る部隊を引張って来ます。許可をお願いします」
広沢や大久保、西郷に策を説明した。皆が賛成してくれた上に、岩倉公や三条公から「朝命」として発せられたので、これをもって長州軍に命を下すことになった。
「すぐに動きます」
聞多は山陽道を西に動いた。山崎は公儀側の藤堂家が関所を守っている。念のため因幡の知り合いの協力を得て、因幡人のふりをして通行しようとしていた。
しかし、山崎の関所で差し止められた。
「どこへ行かれる」
「因幡にこの度の伏見での戦について報告のために参ります」
「伏見での戦ですと。どのような戦況か」
「ご公儀の軍は薩長に全く歯が立たず敗走しております。一刻も早く帰国して判断を仰がなくてはなりますまい」
「なるほど。鑑札はお持ちか」
「そのような物、用意する余裕などございません。公儀の軍の負けは畢竟。次は淀城での戦になりましょう。少しでも早く国に帰らねばなりません」
「しかし鑑札がないと。薩摩・長州であればお通しするのはお達しが出たので問題はないのだが」
これを聞いて、聞多はしまったと思った。何も小細工をする必要がなかったのか。今更長州ですとも言えず、そのまま伏見の様子を大げさに言ってごまかすことにした。どうにかこうにか相手を納得させることに成功したようだった。
「わかり申した。お通りください」
「ありがたきこと。では、これにて」
関所を出て、しばらく歩いて大きく息を吸った。
「はぁ。まさか長州のほうが通るとはの。さて、先を急がねば」
急いで、先を目指して歩いていると、今度は酒井雅樂頭の行列に行きあたってしまった。まずいところでまずい相手に会ってしまったと、頭を下げていきすぎるのを待っていたところ声をかけられた。
「そこの方、どちらの藩の方か」
「因幡の者でございます」
「どちらから参った」
「京からでございます。伏見での戦の様子など伝えるため、帰国を急いでおります。ご公儀側の戦況著しく悪く、このままお行きになっても、間に合わないではないかと存じます」
「左様か、なれど我ら行かぬわけにはならぬ。よき話が出来た」
行き過ぎるのを待って、聞多はまた大きくため息をついた。この後は比較的順調に進むことができて、兵庫についた。ここから先は船に乗り尾道へ。
尾道には徳山攻めの長州軍が滞陣していた。参謀には杉がいて、聞多は久しぶりに会うことができた。
「聞多は京から来たんか。どうじゃ戦の状況は」
「まだ始まったばかりで、出てきたのでよくはわからん。だが、思ったより良いかと思う。とりあえず伏見では幕軍との攻防は、こちらが有利に進めておる」
「それはよかった。わしらは早く福山を落して進軍せねば意味がないの」
「そうじゃ、それの話をしに来たんじゃ。京を孤立させるわけにはいかんからの」
「京を孤立。なるほど、周りを幕軍が数を頼みに抑えてきたら大変じゃ」
「幸い、慶喜公は大坂に引っ込んどる。こちらの軍は福山攻めのあとは、兵庫に向かい抑えてほしいんじゃ。そこに石州からの軍を兵庫で終結させて、京からの軍と挟撃できりゃあよいと思うちょる」
「それじゃおぬしは山口まで行くんか。大変じゃ」
「広沢さんとずっと二人で、動いていたことのほうが大変じゃったよ」
気のおけない杉を相手に、聞多は今までの鬱憤を晴らしていた。広沢の真面目さは、少し苦手なのは本当だ。
「聞多は相変わらず苦手なものが多いの」
「それだけじゃのうて、お公家さんのしきたりとか、気を使わにゃあならんことが多すぎる」
杉にしてみれば、殿様相手でも礼儀は守るが、やりたい放題だったのだから当然だと思っていた。
「ずいぶんお疲れなことだ。少しはここで気を休めるのもよいことじゃ」
「ありがたい。おぬしの顔見るだけでもほっとするのにな」
「ただでゆっくりさせんぞ。明日攻撃するところじゃった。聞多には手伝ってもらおう」
杉がニヤッと笑った。聞多も笑いながら言った。
「人使いが荒いの。しかも酒はなしか。せめてゆっくり寝かせてもらう」
「それじゃ、宿舎に案内させるよ」
杉は人を呼び聞多を宿舎に送らせた。
聞多は久々の同胞達の中で、気が緩んだのかゆっくり寝ることができた。
次の日の夜、福山に向かい攻撃を開始した。砲撃を開始した所で、福山城が開城された。あっけなく戦は終わりを告げ、降伏会議となった。聞多は杉達と降伏会議に立ち会い、降伏条件を決定して福山を後にして、尾道に戻った。
「それじゃわしは国に帰って軍を動かしてくる。兵庫で会おう」
「兵庫で待っとるよ」
聞多が山口について、石州口の軍を率いて山陰道から京を目指すことを藩庁での決定事項とした。世子公定広が軍を率いて上京することになった。聞多は先発隊の準備のため阿武郡地福村にいた。
そのような時、大坂城が落ちたとの情報がもたらされた。方針が変わり直ちに、世子様が上京することになった。聞多はすぐさま山口に戻り、藩命をもって京に向かった。京に着くと、戦況の確認などの業務を行い、役目を果たした。今度は新政府から辞令が与えられた。参与兼外国事務掛を任じられて、長崎に赴任することになった。
「なあ、晋作。わしらがボソボソ言い合っておった、討幕がかなったぞ。新しい世の中を作、っていかにゃあいけん。国を富ませ、皆を富ませ、強くてあたしい世をな。見守っちょってくれ」
聞多は心の中の高杉晋作に話しかけていた。晋作はきっと、笑ってみているに違いないと思っていた。いつか、また会うことができたら話をしよう。
海風が頬を打ち付けて、これからも厳しいぞと言っているように思えた。そうだとつぶやき、気をひしめていた。
闇の中の世界に戻った聞多と俊輔は、話をしていた。
「高杉さん、久坂さん、こうして公儀幕府を僕らは壊していったんだ」
「今度はわしらが新しい世を作るため、また新しい戦いをすることになるんじゃが、それはまたの話かの」
そう言って、聞多は俊輔と笑っていた。晋作は少しつまらなさそうだった。