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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#30

7 黒船と砲台(1)

 聞多は高杉家を日が昇る前に出ていった。残された晋作は、次があることを感じていた。聞多が動くと何かが変わる、面白い。晋作には目先の目標ができた。その為に体力を取り戻しておくのだ。

 明け方に家に着いた聞多は、待ち構えていた姉に怒られていた。
「山口では身の危険があると聞いちょるから、ここに来たらええと。それなのに早速朝帰りとは呆れたもんじゃ」
「あの、遊びに行ったわけじゃないです」
「あぁ、人目につかんようにな」
 ずいぶん一方的に怒られたものだ。

 そんなことを言われて2日後に今度は客が来た。
「あなた様は志道の家に戻る気はないのですか」
「もう次の養子が入られるとお聞きしましたが」
「こんなにあなた様がお早くお帰りとは思わぬものですから」
 ほとんど会話にならんまま、帰っていった。

 志道の家の母が、今度は生まれて以来、ほぼあったことが無かった娘を連れて、面会を申し出てきた。考えてみるとここからは、それほど離れていなかった。誰かに見られるのは当たり前のことだった。
 当然考えられることだが、これ以上話をするのは無駄だと、聞多は断った。しかし、姉がこっそり引き入れてきたのだった。
 再び会った義母に、改めて言った。
「このように身を隠す状態にてはご迷惑をかける一方かと思います。復縁は難しいことだと思います」
 涙を浮かべながら、言っている義母だった人に、聞多も心が揺れていた。
「ならばせめてこの子、芳子に親子の名乗りだけでも、お願いします」
 そう言って、芳子にあちらにいるのが父上ですよと声をかけた。
 「ちちうえ」と声をかけて膝の上に座った、幼子の顔を見ると、流石に我が子の実感が出てきた。手元にあった、着替え用の着物と金を義母に渡して、形見だと思ってほしいと聞多はいった。それを聞いて義母は涙ながらに、芳子を抱いて帰っていった。

 平穏ならば、この家族との暮らしをするはずだった。己の選択で家族を壊したのだった。

 次の日には山口から政庁に出仕するよう文が届いた。聞多は姉と義兄に世話になった礼をして、急いで山口に戻ることにした。

 実家に戻った聞多は長州の地図を睨みつけていた。一人になって考えたいことがあったのだ。
「下関海峡からこのあたりは駄目だとすると、小郡か。そうだ、小郡だ」
「馬関、三田尻、小郡」
「うまくいくのか」

 一人で考えていると、心が何処かに引きずり込まれていく。何かを変えていかないと、気だけが逸る。

「一度火の海になってしまえばええんじゃ」

 その頃ある場所が火の海になっていた。京に入った長州軍は引くに引けない状況になり、薩摩を筆頭とする朝廷守護の軍と戦闘状態になった。しかも御所に向けて発砲をした事になり、朝敵となってしまった。禁門の変と後に言われる事件だ。
 久坂や来島といった攘夷派指導者が戦死し、桂も行方不明になっていた。
 
 そうなると国内では朝敵で、海峡封鎖のツケで外国艦隊を迎え撃つということには耐えられない藩要路は、方針を変えざるを得なくなっていた。

 聞多は実家というわかりやすい所に居ることも不安になっていた。いろいろ考えて、この近くに知り合いの屋敷があったことを思いだした。その吉富の家に、すぐに部屋を貸してほしいと、文を書いた。すると暫くして迎えが来たので、そのまま吉富の家に間借りをすることにした。

 部屋について荷物も解かずに横になっていると、客が来たと声がした。座り直して待っていると、襖が開けられ、男が入ってきた。
「グッド・イブニング、聞多」
「おぬし、よくここがわかったの。杉徳輔」
「そろそろ、聞多が煮詰まってくるかと思ったんじゃ」
「ふん、からかいに来たなら帰れ」
「これだけは、受け取ってくれ。せっかく持ってきたんじゃ」
 差し出したのは2つの包みだった。聞多が受け取り開けると脇差しと太刀だった。
「こんなことしかできん。武士の魂、ありあわせのものでは、守れんじゃろ」
 予想しないものだったので、聞多は声を出せずにいた。きちんとした刀を手にとって眺めていた。
「朗報もある。高杉が召還されるらしいぞ。こちらだって考えておる。信用してくれてええ。明日は出仕するんじゃぞ」
 そう言うと立ち去ってしまった。

 風呂敷包みを適当に持ち上げた所、結目が解けてしまって荷物が散らばった。その中に場違いな物があったのに気がついた。
「あ、手鏡じゃ」
 忘れさせないと言った君尾から受け取ったものだ。確かに忘れようとした思いが一つここにあった。聞多は懐にそれを入れた。この日からずっと持ち続けることにした。

 次の日聞多は山口の政庁にはいった。指示された部屋に行くとすでに杉が座っていた。
「ええ感じじゃ」
 昨日受け取った大小を腰に指した、聞多を見上げていった。
「おぬしも呼ばれたのか、何用じゃの」
「聞けばわかる」
 すると家老の宍戸備前が出てきた。
「この度、わしが異国船との応接を計らうことになった。井上と杉は外国船との応接掛を命じる。ふたりともこの後開かれる御前会議に出るように。以上だ」
そう命じてすぐに出ていった。
「なんだ、慌ただしいの」
聞多がぼやいた。
「おぬし不満なのか」
「いや、そうではないが。議場に急ごう」


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