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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#15

決行(4)

 京についた聞多たちは年が明けて、騒ぎの処分として7日間在宅を命じられ、その後の役目の復帰を申しつけられた。

 復帰の頃ちょうど久坂と山縣が京に着いたので、聞多は話を聞きに行くことにした。佐久間象山は勧誘に応じなかったことで久坂達は腹を立てていた上、攘夷の不可能さも言ったらしく、とても冷静に話をすることは叶わなかった。
 とは言っても、海防・海軍について研究していた聞多には腑に落ちることが多かった。外国と対峙するためには、国力もいるし相手を知らればならぬことは重要なことに思えた。

「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」
 これだ。空堀におちて見上げた燃えた公使館と夜空に、どこか虚しさを感じていたことを思い出して、こういうことかとわかった気がした。そもそも自分の本旨とはなんだ。

 その頃江戸に残った俊輔と山尾は、高杉に言われた塙次郎の暗殺を成功させていた。その後漏れ聞こえてきたのは、主上の退位について調べていたわけでなかったことだった。二人には苦い行動になった。
 江戸に一人残っていた高杉にはもう一つやるべきことがあった。安政の大獄で処刑された吉田松陰に大赦令がやっと出たのだ。罪を許された松蔭を改葬する。そのために人を集めた。江戸に残っていた俊輔と山尾を始め10人ほど集まった。

「これから、刑場に行き松陰先生の改葬をする。行く先は若林の我が藩の土地だ。それでは行くぞ」

 小塚原刑場の吉田松陰を埋葬した所に着くと、掘り返し遺骨を壺に入れた。遺骨が集まると高杉がそれを抱えて歩き出した。若林の土地に着くとここに埋葬しようと決め、穴をほった。高杉が俊輔につぶやいた。

「ここは塾のあった松本村に似ていないか」
「そうですか。そういわれるとそんな気もしてきます」
「ここなら先生も安心できるだろう」
「たしかに先生に見守られてる気になります」
 俊輔には高杉があの頃の少年の顔をしているように思えた。

 高杉の行動が京にも伝わった。藩の重役たちはこれ以上勝手な振る舞いは、深刻な問題を引き起こすと考えた。このまま高杉を江戸に置いておくことはできないと判断した。その状況の元、聞多は世子定広に呼ばれた。

「志道聞多、参りました」
「入れ」
 定広が答えた。
 聞多は通されると頭を下げた。
「面をあげよ。そなたには江戸に行ってもらう。高杉晋作を京に連れて来るのだ。晋作には京にて役目を申し付けておるのに、一向に上京する気配すらない。それでは困るのだ」
「はっ」
 答えた聞多の顔を見て、定広はニヤリと笑った。
「その方も信用が無いようだのう。その方らが言う頭の硬い老人たちからこう付け足せと言われてのう」
「何でございますか」
「ひと月で戻らなかったら、役目不能と言う事で処分の対象とする、とのことだ。普通片道15日位だから急行せよということだな」
 ケラケラと笑う定広とは逆に、聞多はどうしたらいいか困惑していた。
「聞多の困った顔を見るのもいいものじゃのう。少しは行状慎めよと言う事だ。以上だ」

 定広はそう言うと、笑いながら去っていった。再び頭を下げながら、次にするべきことを考えていた。

 そう言えば殿が、国元に帰る途中京に寄って滞在していた。殿にお目通りを願おう、聞多は心を決めた。後は江戸に滞在する日数も余分に貰う必要がある。そうでないと多分高杉の説得は無理かもと、現実をも突き付けられていた。

「随分世子様楽しそうだったぞ」
 待機部屋に戻ってきた聞多を待ち構えていた長嶺が声をかけてきた。
「聞多と話したあとの世子様は、他にないくらいご機嫌がいいからな。人徳か。人徳はないな」
 大和も加わってきた。
「うるさいんじゃ。いいか、わしに30日で江戸との往復をせよというご命令だ。あの高杉晋作を連れてこいだぞ。無理だと思わんか」
「それは確かに世子様には、愉快なことかもしれんのう」
「それこそ聞多以外に出来ることではないのう」
「うるさい。お主らもか。ひとが困っているというに」
「確かに、聞多の困った顔は楽しいかもしれんの」
「わしを遊び道具にするな」
「ははは、すまん。大丈夫。聞多ならできる。やってやれ」
「落ち込むのは似合わんぞ」
 からかわれて聞多も少しは、前向きになれた気がした。すべては、やるしかない。


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