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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#81

17 遣欧使節団と留守政府(2)

  

 一方大久保は馨から話を聞いて、早速岩倉に使節団への参加を希望する文を送っていた。洋行できる期待が大久保の中にあった。
 馨は、一度は理解不足で邪魔な木戸と大久保を洋行させて、考え方を変えさせるのはいいことだと思った。
 しかし木戸と大久保の不在の大きさを前に、馨の意見が変転してしまっていた。大久保に使節団への参加を取りやめてほしいと言ったこともあった。さすがの大久保も困惑しながら、馨をなだめる対策を考えざるを得なかった。
 一方で考えた馨は、三条公と岩倉宛に文を書き、使節派遣中の内政改革をするべきではないと伝えた。左院は現状維持、右院は活動を止めて参議から分けてほしいと書いた。
 それだけでなく、使節団と留守政府の間で結結させるべく「約定書」を起案して、大久保のもとに持っていった。
「大久保さん、これをご覧ください」
馨は書き上げた約定書を大久保の前においた。
「大久保さんが不在の大蔵省を考えました。内政改革について我らは考えを統一すべきだと思います。そのためこの約定書において「内地の事務はなるべく新規の改正を必要としないものとする」と「廃藩置県に関する事務は条理を持って順次実効を上げ改正の地歩となすべき」とし、皆で同意をするよう取り計らっていただきたい。さもなくば」
「さもなくば?」
「私は辞職します」
「わかった。とりあえず岩倉さんに話をつけに行くのはどうだ」
 馨は大久保とともに岩倉のもとに行き、この約定書を示し、大久保に行ったのと同様に説明をした。そして約定書が締結されるまでは出仕しないと告げ、辞職願を出した。
 この話は木戸と博文のもとにも伝わり、まず木戸は辞職をしないように言いに行った。この時点で馨はなかなか意見を変えなかった。
 そして木戸は大隈と博文と共に約定書の検討を行った。こうして出来上がった約定書は調印された。
 また大久保の代わりになる人物に大蔵省の後見をさせることを検討した。しかし、良い人物が居るわけはなく、結局西郷隆盛が御用掛として省務には関係しない重しになった。
 結局は大隈が頼りなのは、馨の当初の目論見から変わらなかった。もう一つ気にかかっていた大蔵少輔には吉田清成が就任した。馨の本命とは違っていたが、民部大蔵合併の時から相談をしていた相手だったし、大隈ともやっていける点は頼れるはずだった。
 使節団が決定してからの馨の言動に博文は心配だった。馨との距離は開くばかりのような気がしていた。翌日大蔵省を訪ねることにした。
「井上さん、居るか」
「おう、俊輔。どうかしたか」
「いや、少し時間が取れればと思って」
馨は渋沢と話をしていたが、やめることにした。
「渋沢、それじゃおぬしの考えまとめてもってきてくれ」
「それでは失礼します」
渋沢は部屋を出ていった。
「俊輔、色々心配かけてすまんかったな」
馨は耳にペンシルを挟んで執務を取っていた。
「いや、大したことじゃないけれどゆっくり話をしたいと思うて。今晩うちに来んか」
「あぁすまん。今日は大久保さんの家に招待されとる。明日では駄目かの。わしも話したいことがあるんじゃ。武さんも連れて行くけぇ、梅さんも一緒にお願いしたい」
「大丈夫じゃ。それじゃ明日待っとるよ。それにしても忙しそうじゃの。そのペンシルはいつもそうやっちょるのか」
「これは便利じゃよ。筆と違うて汚れん。あぁこれでも今日はましな方じゃ。俊輔は洋行の準備大丈夫か」
「いつでも出られるようじゃ」
「それはいいの」
「あまり長居も悪いようじゃ。またの」
「おう」
 博文は馨がいつもと変わっていないことに安心した。今回の使節団に一番振り回されて、一番振り回しているのは馨だったのだ。
 馨は大隈のところに話をしに行った。すると先客がいた。
「大隈さん、すまんが今日の」
馨がそう言いながら入ろうとすると、大隈以外の人物を見た。
「あぁすまん、また出直す」
あれは、江藤新平だったかなと思いながら出ていった。部屋の人物は「あれ、今のは」ときいた。
「井上である。大蔵大輔の」
「長州か」
扉の方を睨みながら言った。
「江藤、長州だって苦労しておる。藩閥で一枚岩のところなぞない」
「八太郎は長州に取り込まれておるから」
「そげなことはなか」
「なればこそ、大蔵省を叩くのを手伝え」
「今清盛か」
「何だそれは」
「五代が井上馨を文の中で、平清盛のようだと申したのだ」
「大輔の身で天下を取るか。潰すには絶好だ」
「そういえば司法省でおぬしを推す動きがあるとか。井上の推挙は効くぞ」
「何故そのようなこと」
「吾輩もその一人だからだ」
「とんだお人好しじゃ。わしには関係なか」
大隈は江藤の言動に少し不安を覚えていた。
「それもおぬしであるな」
それではと江藤は帰っていった。
「お人好しか。確か伊藤も。伊藤は身分さえもと言っていた」
そう言えば馨は、どれ位江藤を知っているのだろうか。


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