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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~ #2

プロローグ(2)

 久しぶりの萩は懐かしかった。とは言ってもここに住んでいたといえるのは明倫館に通っていた頃くらいか。志道の家に養子になったらすぐ江戸行きを命じられたので、ゆっくり落ち着けた記憶がない。平穏だった頃を思い返すながら歩くのはたのしかった。茶店で団子を食うのもいいかもしれない。

 街の中を意味もなく歩くなんていつやったのか忘れるくらいのことだ。気分良く店を冷やかしながら歩いていると何故か殺気を感じる。ここは逃げるかと思っても路地まで詳しいのは相手の方だろう、死ぬことはないのだからとその方向を見た。あぁやっぱりというか当然の成り行きなんだろう。こっちに向かってい歩いてくるのは高杉と俊輔だった。

 「ここで会った以上逃げられないよ、聞多。一緒に来てもらおう」

 俊輔が真面目なかおで言ってくる。高杉もその言葉に答えるように腕を肩に回してきた。

「よし、聞多を確保した。行くぞ」
「行くってどこへ」
「大丈夫だ。取って食うわけじゃなし」

 不敵な笑顔を浮かべた高杉に連れて行かれたのが自身の家だった。家のものに客人を連れてきたというと、履物を脱ぎ捨てて奥の部屋へ連れ込まれた。この奥の部屋には記憶がある。俊輔も後ろから押してくるものだから身動きが取れない。引きずられたまま座敷牢に押し込められた。

「これはどういうことだ。ふざけるのもいい加減にしろ。こんなところに押し込められる覚えはない」

 叫ぶと、高杉と俊輔はニヤニヤ笑いながら見ていた。

「高杉さん、この大声聞多がいるって感じる。姿も密航するときの感じだから嬉しい」
「聞多、覚えてるか。たしか君は牢に入るのもいいかもなって言ったことあったろう。どうだ」
「わしはあの後座敷牢だったけど入牢もしたし、死にそうになるくらいひどい目にあっとる。忘れたか」
「ああそうだったな」

 何かを思い出したような声を出した。そして高杉は牢の中に盃と徳利を持って入ってきた。その後ろで俊輔が膳を三つ運んできた。

「酒飲もう。ほら持てよ」
 盃をわたしてきた。そして酒をゆっくりとついだ。
「おつかれ」

 俊輔と合わせて声を上げる。現し世で心残りの事なんて俊輔の笑顔でどうでも良くなったし、この声を聞くと心が軽くなるのがわかる。これならば多分明日の茶会は良い区切りになるのだろう。

「明日は重要な日だからさ、あまり飲ませないでくれよ」

 そうは言ってみたけれどきっと駄目だ。他愛もない話をして、大笑いして、なぜか俊輔に顔を引っ張られたりして、いつの間にか床に転がっていた。

 「あぁ朝か」
 二人を起こさないように廊下を覗いた。廊下には握り飯と漬物、味噌汁の膳が見えたので持ち込んで食べようとすると、書付が目に入った。風呂も此処にあるのか。水風呂じゃなくて沸かしてあったのは残念だ。身支度を整えても、まだ床で転がっている二人に蹴りを加えながら起こした。

「もういい時間だ。起きろよ」
「・・・・」
「あぁもうひとりで行くからな」
「うーん、その突き当りから出てけ。終わったら講堂に来い。待ってる」
 高杉は言うとまた寝だしたらしい。

 言われたとおり出ると、裏門があって道に出ることができた。

 城に着くと東屋にまず通された。壁には掛け軸がかけてあって、俊輔の書だし、棚に飾られているのは花じゃなくて葉蘭だった。気取らなくていいってことだ。緊張していたのが楽になった。先導の人が来て茶室に通された。頭をかがめて通り抜けると、顔を上げた途端また頭を下げることになった。

「まぁ座れ」
 これは木戸さんの声だ。
「顔を上げさない」
 これは大殿の声だ。

 顔をあげると、大殿、殿と木戸さんがもう席についていた。なんとお手前は奥方様だ。さすがにこの状態は予想していなかった。

「聞多。よくやってくれた。感謝している。」
 殿のこの言葉で頭がぐちゃぐちゃになってしまった。
「かたじけなく思います」

 ようやくいうと涙が出てきてしまう。毛利家のこと、山口のこと思いついたことはやってきた。すべて成功したとは思えないが認めてもらえることが、こんなに嬉しく心が休まるとは今まで気が付かなかった。

 もうお茶の味も懐石が何だったのかもわからない。笑って見てる木戸さんの心持ちの穏やかさにも触れて、背負ってきたものが砂のように崩れていった。

お開きになって木戸さんと庭を歩いた。これだけは早く言っておくことがあった。
「木戸さん、わし本当にロスアンゼルスでもロンドンでも待っていたんです。最後は申し訳のうて」
「気にすることはない。仕方がないことだ」
 また涙が出てくる。感情の押さえが効かない。
「聞多らしいな。高杉たちが待っているのだろう。笑われるぞ」
「大丈夫です。それではまた」

 言葉が短くなる。早く講堂に行かなくてはと気があせる。振り向いて木戸さんにお辞儀をすると、駆け出しそうな勢いであるきだしていた。
講堂に着くと、なんだか多くの人影が見えた。

「聞多そこ座れ」
 高杉の言う通り座ると、皆の車座の中に入れられた。隣には俊輔が座っていた。

「おぬしなんかやったのか」
 俊輔に尋ねた。
「これからやるんだ」
「ようし、役者が揃ったな。聞多、俊輔、お前たちがやってきたこと皆に聞かせてくれないか」
「長いですよ。なにしろ俊輔よりも一仕事多いですから。」
 俊輔に向けて笑いかけた。自分でも色々吹っ切れた一番の表情だろう。


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