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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~ #3

2 出会い(1)

「まずは僕から」
 俊輔は続けて言った。
「初めの事は聞多覚えていないから」
 なんのことだろう。聞多はおとなしく聞いてみることにした。
「あれは、吉田松陰先生が密航しようとして捕まって、野山獄に入った頃のこと。おそらく聞多が萩の明倫館に移って来た頃」

 兄上とわしは初め山口の藩校に通っていた。その後萩の明倫館に移った。萩では父上が見付けて借りた家に兄上と自分達で賄いながら勉学していた。結構やりたい放題してた頃だ。

「僕は中間の知り合いの子と街に出ていた・・・・」

 俊輔は久々に賑やかしに行こうとお城の近くまで行ってみた。ちょうど間の悪いことに明倫館の生徒達も街に出ていた。道の脇で頭を下げてやり過ごせないかと思っていた。あちらは上士の子弟だ、何に文句をつけてくるかわかったものじゃない。
「おい、この小僧。わしの顔睨んできよった」
 はぁおきまりのやつを始めた。たぶん足であたまを踏んづけているんだろう。悪い、少し我慢してくれ。頭を上げることもできず、心で叫んでいたところだった。

「お前ら、何しちょるん」
「つまらんことしよるなぁ。もっと面白いことせなぁ。ひとまず団子でも食いにいかんか」

 遅れてきて、仲間なのか文句をつけていた奴に話しかけていた。
なんだろう、だれだろうと思って、僕は様子をうかがった。

「ようし、先に行っててくれ。わしは後から行く」と仲間を先に行かせると、踏みつけられていた冬吉に
「大丈夫か、すまんのう」と声をかけた。
 顔をあげさせて、額の擦り傷を持っていた竹筒の水で洗うと、手ぬぐいを頭に巻き付けた。
「うははは。よう似合うちょる。うはっは。あ、急がな」
 そう言って追いかけていった。

 僕はなぜかドキドキしていた。ぼうっとしていると聞き慣れた声がした。
「どうした、大丈夫か」
「高杉さん。あれ、今の」
「うん、あぁあいつかぁ。たしか山口の井上の次男坊。なんて名乗ってたかな。どうした」
「いや、高杉さんだったら殴ってたなって」
 高杉さんを見上げて笑った。
「おい、俊輔。なんか不満か」
「いいえ。おい冬吉、その手ぬぐい僕にくれ」
 声をかけるなり、僕は取り上げてしまっていた。

 これを持って訪ねていこうとか考えたわけではない。何しろ相手は上士だ。身分が違う。こちらから話しかけることなんて、よほどのことがない限り無理だ。

 しばらく経って塾にいる時、高杉さんが声をかけてきた。
「俊輔。君の想い人わかったぞ。井上文之輔というんだ。そうは言っても優秀なら婿養子で名も変わるだろうさ」
「想い人だなんて。相手は上士ですよ。それに僕はおなごの方がいいです」
「おい、正直だなぁ」

 しばらくして僕は、相模に派遣されることになった。その後松陰先生のお計らいで来原さんや木戸さんのお供をする事になった。江戸や京にと走り回る生活が始まったのだ。
 


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