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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#77

16廃藩置県(3)

 東京では大隈が木戸に参議の就任を働きかけていた。なかなか就任しようとしていなかったが、西郷も参議にすると決定し受けたことから、木戸も参議に就任することになった。
 また木戸の提案で、制度取調掛というのを設けることになった。木戸や薩摩から兵を率いて東京に戻っていた西郷隆盛や大久保、肥前の江藤新平と大隈重信、佐々木高行、そして馨も入っていた。庶務掛として渋沢栄一と杉浦も参加していた。大久保は最初から参加していなかった。発言者が言いたいことを言い、政体についての議論のための議論の様になった、会議中のことだった。西郷が発言者の意見を遮るように言った。
「戦が足り申さぬ」
これには一同が唖然とした。今更戦とは何事だと。しかし馨には少し引っかかり、ふっと気がついた。
「こんなもん何になる。馬鹿らしい。もうやめじゃ、やめじゃ」
「渋沢と杉浦も書記をするな。時間の無駄じゃ。人が忙しいなか、わざわざ来てるのにやってられん」
馨は大声で騒いで、渋沢と杉浦を大蔵省に連れ帰ってしまった。

 そんな事があった7月5日の夕方、帰宅していた馨に訪問をする者たちがいた。
「旦那様、お客様です。ぜひお通しいただきたいとおっしゃられています」
書斎でくつろいでいた馨に、女中が声をかけてきた。
「誰が参って居るのじゃ」
「野村靖さまと鳥尾小弥太さまでございます」
「わかった。通せ」
 女中が一度去って、また近づいてくる足音がした。
「どうぞこちらでございます」
戸が開くと、野村と鳥尾が入ってきた。
「井上さん、急に申し訳ない。わしらは大事件のためこちらに参りました。お聞き届けいただけなかった場合、刺し違える覚悟です」
と野村が言った。
「本当に真面目な話です。わしらは本気で言いに来ました。叶わぬなら討ち取らせていただく」
鳥尾も意気込みそのままに言った。
馨は笑いながらそれを聞いていた。
「刺し違えるだの首を取るなど随分剣呑なことじゃ。わしの日頃の素行に物言いに来たのか」
「いやそのようなことでありません。国の重大問題です」
野村が言うと、続けて鳥尾も慌てながら言った。
「わしらは真面目にお話をと参ってます。しかも命がけですぞ」
「そいでは、そねな覚悟で言いに来るとは、廃藩置県のことじゃろ」
「なぜそれを」
 野村と鳥尾は馨の答えを聞いて驚いていた。
「何、廃藩のこと考えることがあっての。そもそも800万石では政務をするカネがない。版籍奉還をやっても収入を確保することも難しい。おぬしらの改革も行き詰まっとる。となれば廃藩をすることがわしらの急務であろう」
 大蔵省の立場で馨は二人に言った。それを聞いて、野村と鳥尾は昨日山縣と飲みながら話したことを説明した。
「昨日わしらは山縣さんの家で、廃藩置県を行わないかんと、話し合ってたのです。それで、山縣さんが木戸さんや西郷さんに話をして、同意を得なくては進まないと」
と野村が言うと鳥尾が続けて言った。
「山縣さんは木戸さんを動かすには、井上さんにご理解いただき、話してもらうほうが、通じるはずだと。それでまとまったので、山縣さんは西郷さんの方をわしらが井上さんにと。ただ井上さんはあまり積極的ではないと、心配をして居ったわけで」
「それで、おぬしらがここに来たのか」
「今のままでは何も成果がないではないですか。大きく変えるには廃藩を行い、中央で力を持たねば、兵制の改革もできんと思ったのです」
「よくわかった。木戸さんにはわしがしっかり説明をする。おぬしらのその気持はわしも一緒じゃ。だが、西郷さんや大久保さんは、どの程度の意識があるかはわからん。未だそのような話をしたことはないんじゃ。この両名とも話し合わんと、進まぬことは覚えていてくれ」
「わかりました。大久保さんと西郷さんについては山縣さんとやります」
二人はそう言って帰っていった。

 馨は次の日、木戸に面会に行った。
「木戸さん、時節到来じゃ。廃藩置県を断行するのに、今を逃す手はないはずじゃ」
木戸は、少し突然に思えたらしく、驚いていた。
「確かに私は廃藩置県をするべきだとずっと考えていた。聞多、その話きっと実現させる。だが、西郷や大久保はどうなっている」
「西郷さんは狂介が話をする段取りとなっている。多分大丈夫だと思うがの」
「なぜそう思う」
「制度取り調べのあの席で、戦が足り申さぬと言っていた。あれは廃藩をする覚悟を言っていたのでは、と思ったのじゃ」
「なるほど、だから時節到来と」
「これで決まりじゃ」
 馨は少なくとも長州が、廃藩置県でまとまったことが楽しかった。大きな変革を起こすことができる。
 次の日、山縣の西郷との話し合いの結果を待っていた。
「聞多さん、ここに居ったか」
「おう、狂介。待っちょったよ」
「それが、西郷さんあっけなく、それはよろしかろうって言うたんじゃ。それで」
「久光公の方は本当に大丈夫なんじゃろうか。それで?」
「この件は血が流れるかもしれんが大丈夫ですかと聞いたんじゃ。そうしたら、それは宜しい、と答えたんじゃ」
「それじゃ、間違いないの。西郷も賛成か。明日には木戸さんに伝えに行ってくる」
「近々大きく動くということか」
「そうじゃ。準備を怠らんようにの」
「もちろんだ。聞多さんこそ」

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