旅、思い立ったが吉日。〜上高地編一日目〜
午後十時、松本着。
松本駅前に出ると、降り始めたばかりなのであろう雨が空気を湿らせていた。
まだそこまで雨脚は強くないし、長野からの電車の中で取った宿は松本駅の目の前だったので助かった。
ホテルの階下にあるコンビニで水と翌朝の軽食を買い、足早にチェックインを済ませて部屋に向かう。一秒でも早く、この激重ザックを下ろしたくて仕方がなかった。
直前に取った部屋は、シングルベッドとセミダブルベッドが置かれたツインルームで一人で泊まるには十分すぎる広さだった。
片方のベッドに速攻で荷物を降ろして、私の体はようやく解放された。
明日の上高地行きの電車は十一時半。
天気予報によると昼過ぎくらいまで傘マーク、午後二時くらいからようやく晴れ始める様子だったので、ちょうど雨が止んだくらいにキャンプ場につくように逆算した結果、この出発時間がベストと思われた。
(明日からのテント泊、どうせあまり眠れないだろうし今日はこの広いベッドでぐっすり眠って備えよう・・・)
そうは思ったものの、環境が変わると寝付けない神経質タイプ&アドレナリン放出のせいで、やっぱり浅い睡眠しか取れなかった。いつでもどこでも爆睡できる人が心底羨ましい。もっともっと過酷な経験を重ねたら、私の神経ももっと図太くなってくれるのだろうか。
そんなことを思いながら迎えた朝。ずっと浅い睡眠だったから、なんだかいろんな夢を見たような気がするが、もう覚えていない。
外はまだ、大粒の雨が降り続いている。
上高地へ向かう前に少しだけ食料を買い足そうと、駅前のスーパーへ向かった。
私がキャンプ旅をするときは毎回、現地のスーパーで大好きなトマトを買うと決めている。今回も例外なく、トマトを無事ゲットした。(写真は撮り忘れた)
本当はほかにも野菜やフルーツを買いたかったが、これ以上荷を重くしたくなかったので我慢した。
代わりに、長野にしか売っていないであろうご当地銘菓、レトロなパッケージに思わず惹かれた「オブセ牛乳のみるくもち」を一袋購入。
『オブセ牛乳を使用したお餅の生地でマシュマロとミルククリームを包みました』というこれがまた美味しくて、あの素朴でシンプルな味が忘れられない。(どこにでもありそうで、意外と無い)
スーパーで買い出しを終えて、ようやく上高地へいざ出発。
松本駅から出ている上高地線に乗って新島々駅まで約三〇分。
新島々駅からはバスに乗り換えて、山道に揺られること約一時間ほどで上高地へ到着。
ちなみに、乗り物酔いしやすい人は事前に酔い止めを飲むことをお勧めする。(狭くて標高の高いグネグネ道をひたすら走るので、体調が優れない時はきついかもしれない)
私の場合行きは大丈夫だったけれど、帰りの寝不足で疲労困憊した体には流石に堪えて、結構危なかった。(たまたま持っていた酔い止めを慌てて飲んで、意識を遠くへ飛ばしてなんとかギリギリ持ち堪えた)
バスで上高地へ向かう道中の車窓からの眺めが、これまた絶景だった。
新島々駅に着いた時にはまだ降っていた雨が少しずつ上がり始めた。
雲が低く山々にかかり、なんとも言えぬ神々しさを感じる山景色。
例えるなら、ジブリの「もののけ姫」に出てきそうな厳かな雰囲気。
そんな景色の中を、バスはぐんぐんと前進して行く。
少しハンドルを切り間違えたら奈落の底(ダムの底)へと落ちてしまいそうな崖っぷちの細い道に怯える気持ちと、この美しい景色に興奮する気持ちとで、私の心は浮足立ち始める。
そうしてついに、念願の上高地へ到着した。
雨上がりの湿度を含んだ、少しひんやりとした空気と生き生きとした緑の匂い。
バスを降りて早速、梓川の畔を歩く。
昨日からの雨で流石に少し濁ってはいるが、それでも私にはこの瞬間目に飛び込んでくる全ての景色があまりにも美しくて、高揚感を抑えられなかった。
普段は聞きなれない野鳥の囀りと、川の音。そして新鮮な空気の匂い。
私は一瞬で、上高地の虜となった。
この場所の全てが、自分の体隅々とフィットするような感覚。
私がずっと求めていたものが、ここには全てあるような、そんな感じがした。
上高地の有名スポットの一つである河童橋を過ぎて少し歩くと、今回泊まる小梨平キャンプ場が見えてきた。
受付でチェックインをして、一番人気だという川沿いの区画へと向かう。
私が到着したときにはすでに周りにちらほらとテントが張られていたのだが、たまたま一張り分スペースが空いていたので私はそこをキャンプ地に決めた。
テントを設営して中に荷物を置き身軽になった私は、落ち着く暇もなく散策に繰り出した。
河童橋の方まで歩いていると、雲の隙間から青空が顔を出し始めた。
明日から二日間の天気予報は晴れマーク一色で、最高気温は30℃近くまで上がるらしい。
これは最高のハイキング日和じゃあないかと胸を踊らせる。(私の胸はよく踊りがち)
軽い散歩を終えて、キャンプ地に戻って夜ご飯。
明日は日の出と共に活動したいので今夜は早めに寝ようと決めていた。
もちろん、この私がキャンプで爆睡できることなど期待していなかったが、川のせせらぎと鳥の囀りという最高の環境音に包まれて、
「意外と寝れるかも」
などと安易に考えていた私だった。
しかし、私に襲い掛かったのは慣れない環境で眠れないという神経質さによるものではなく、山の夜の寒さだった。
「最高気温30℃まで上がるし、そんなに寒くないでしょう」
なんて思っていた。甘かった。
そもそも、最低気温をちゃんと調べていなかった。
夜中から朝方にかけて、気温は10℃を下回るほど冷え込み、寒さに凍えてほとんど眠れない夜を過ごした。
念のため、と持ってきていた1枚のカイロを腰に貼ってはみたものの、気休め程度にしか体は温まらない。
今回初めて使用したエアマット。今まで使っていた折りたたみの安価なマットより、これなら底冷えもしないでしょう、と思っていたのだがそんな考えは標高1500mの地では通用しなかった。
今回の山キャンプを経験して学んだこと。
どんなに真夏でも、標高が高い場所でキャンプをするときは必ず防寒具を持参するということ。山を甘く見てはいけないということ。
せめて、ギリギリまで持って行くか悩んだウルトラライトダウンを持ってきていればよかった。
寝袋にくるまっても足は冷えるし頭も寒いし、とにかく早く朝になれと心の中で叫んだ。
そしてもうひとつの失敗。テントを張った場所に若干の傾斜があったのだが、私は何も考えずに傾斜が下がっている方を頭にしてしまっていたのだ。そりゃあ足も冷えますよということで、真夜中にその事実に気がついた私は静かにマットを回転させて、枕を高い位置へ移動した。なんとかさっきまでよりはマシというレベルの睡眠環境を作り上げて無理矢理目を閉じる。
きっと明日の夜も同じくらい冷えるだろうから、何かしら打つ手を考えなければと思考を巡らせ、気がつくと朝を迎えていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?