居飛車党が飛車を振る日――連載「棋士、AI、その他の話」第29回
その日、豊島将之は初手で角道を開けた。居飛車党の最上位者である豊島は基本的にまず飛車先の歩を突く。そうしなかったということは何か用意の作戦がある。はたしてそれはすぐ明らかになった。3手目、豊島は飛車を掴み、横に振った。三間飛車だ。
居飛車と振り飛車の間には深い溝が横たわっている。玉をあまり囲わず、常に真剣で切り結ぶような緊張感のある相居飛車戦に対し、振り飛車戦は玉をある程度しっかり囲ってから戦いを始める。そのため一つのミスが致命傷になりにくく、劣勢になっても粘りが効く。しかし飛車を振った段階でAIの評価値はマイナスに傾くので、現代将棋において明らかに損な戦法であると見る向きもある。
また振り飛車には「捌き」という独自の概念がある。これは単純な駒の損得ではなくその働きの有効性を重視する考え方であり、例えば自分の駒を積極的に相手の駒と交換し持ち駒を増やす行為も捌きの一種である。振り飛車党は駒が上手く捌けていれば多少の駒損は問題ないと考える。この点が、より実利を重んじる居飛車党と相容れない部分である。
プロの世界では今も昔も居飛車党が多数派である。やはり突き詰めると振り飛車より居飛車が勝ちやすい傾向にあり、限界を感じた振り飛車党が居飛車に転向する例も数多ある。その逆はほとんどない。
居飛車・振り飛車どちらも指すオールラウンダーもわずかながら存在する。その筆頭が羽生善治だ。
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