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あと一勝で、タイトル戦――連載「棋士、AI、その他の話」第35回

 2024年4月22日、東京・将棋会館――

 山崎隆之。誰よりも自由奔放な将棋を指し、誰よりも将棋を楽しむ棋士。あまりに豊かな発想ゆえ劣勢に陥ることも多々あるが、多彩な逆転術で勝利を積み重ねてきた。十八番の自虐トークに定評があり、ファンからの人気も高い。後輩の面倒見が良いことも有名で、若手関西棋士に力戦派が多いのは間違いなく彼の影響である。タイトル挑戦は2009年に1回。羽生善治を相手に3連敗で幕を閉じた。それから15年、A級昇級や棋戦優勝はあったものの、タイトル挑戦には届いていない。

 佐藤天彦。優雅な佇まいや趣味により「貴族」の愛称を持つが、それと裏腹に棋風はどこまでも泥臭く、敗勢に陥ろうとも土俵際で耐え続け一縷の逆転を狙う。盤上に個性を表現することを重視し、横歩取りを武器に名人3連覇を成し遂げた。AIが流行するにつれだんだんと調子を落とし、2020年に失冠。目立った成績を残せずにいたが昨年突如振り飛車党に転向。棋風と合っていたか、伸び伸びした差し回しで調子を上げ続けている。

 個性的な両名は、棋聖戦トーナメントの頂上でぶつかった。挑戦者決定戦。勝った者が、藤井聡太棋聖と対戦する。

 あるいはタイトル戦より将棋ファンが注目する舞台、それが挑戦者決定戦だ。「誰がタイトル挑戦者になるか?」そこにこそファンの興味はある。特に、絶対的強者のいる今の将棋界においては。
 また棋士達にとってもそれは特別な戦いだ。なにせ勝ちと負けで得られるものに差がありすぎる。勝てばタイトル戦に出場し、各地で美味しい食事と共に生中継される将棋を、少なくとも4局(または3局)指すことができる。もちろん莫大な対局料も得られる。負ければ何もなく終わる。タイトル戦以上に棋士人生を左右すると言っても過言でない大勝負なのだ。
 ゆえに挑戦者決定戦にはドラマが詰まっている。魂のこもった名局になることも多い。

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