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緑の風に吹かれたあとに、鰻を食べた日の話。

頬にあたる風は、まだ春の名残の冷たさが残る。
5月頭の木曜日。快晴。

こんな遅い時間にお墓参りをしたのは、もしかすると初めてかもしれない。
時刻は夕暮れ。でも、立夏の近い今の時期、空はまだそれなりの明るさを保っている。

「この前、一回来たんだ。あれーどこだったっけ。」
前回は、ワインとスイカを供えたのだとユウ先輩が言う。

ランドセル姿の小学生とすれ違う。

「俺もここにお墓建てようかな。いいところじゃん。通学路みたいだし。」と、ケイト先輩が笑った。

無事に目的地に到着。
今日はワインじゃなくて、ビールにした。
プレミアムモルツ。

私たち若手を可愛がってくれた、先代のお墓に3人揃って手を合わせる。

「・・・のこと、よろしくね。」
先代に頼まなければならない人がまた増えてしまった。
ケイト先輩がまだ少し赤い目をしたまま呟いた。

「私、結婚します。」
本当は直接言いたかったよ。

「また来るね。」
「また来よう。」
そう言って、来た道を戻った。

「お通夜もお葬式も、あんまり覚えてないんだよね。」ユウ先輩が言う。
「すっごく天気がよかったことは覚えてる。」
私は、そう答えた。

ちょうど1年前。
やっと1年とも思うし、2年も3年も前な気もする。

話し足りなくて、ごはんに行くことにした。
先代に連れて行ってもらった鰻屋。


こうやってゆっくり話ができるのは1年ぶり。
あとどのくらい一緒にいられるかな。
ケイト先輩は6月いっぱいで退職する。

1年経って、それぞれの状況は目まぐるしく変化した。
1年前、奥さんとさよならしたばかりだったユウ先輩は、オナゴたちの間を彷徨っている。
1年前、「今年度いっぱいで辞めることにした。」と言っていてケイト先輩は、色々あってようやく今年の七夕の日に世界に旅立つ。
1年前、彼との今後について悶々としていた私は、結果腹を括り、目下入籍準備中。

1年分たくさん笑って、名残惜しくて。
ずっと続けばいいのにって、ばかみたいに思った。

終わりがあることを知っている。
だから、今が心底愛おしい。

鰻はふわふわだった。


◇◇◇


忘れたくないけど、きっと忘れちゃうから。
ここに置いておく。


お付き合いくださったあなた。

ありがとうございました。

春瀬

最後まで読んでくれたあなた。 ありがとうございました。またいつか🍄