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(創作)波音に溶けていく気持ち 2

1

 江ノ電にぶらりぶらりと揺られながら、車窓を見た。そろそろかな。
 同じ高校生くらいの子たちが、わぁっと歓声をあげている。そう、この電車に乗ってると、視界が急に開けて海の景色が広がるんだ。今日はとてもいいお天気で、海も嬉しそうなコバルトブルー。
 七里ヶ浜駅で下車。ホームはとても狭い。無人の改札機のあたりで、キョロキョロと「イズミさん」を探す。まだ来てないのかな?
 トンビがピーヒョロロと鳴きながら頭上を旋回していった。その動きにつかの間、目を奪われてると。
「ねえ。もしかして」
 さざなみみたいに心地いい声が頭上から降ってきた。身長158センチのわたしの頭上。声がした左側をあわてて見る。 
 約束していた通り、イズミさんは青いカバン。栗色のジャケットを着ていた。中のTシャツはまぶしい白色。初めて会った人なのに、いつもやりとりしてる「彼」だとなぜかわかる。
 わたしも約束通り、えんじ色でリボンとひらひらのついたトップスを着て黒いスカート。手持ちの服でもとびきりおしゃれなのを、と選んだのに。
 大学生って垢抜けてる。雰囲気がもう、ね。背も高くて170センチは超えてる、かな。
「今日はよろしくお願いします。イズミ……さん?」
 緊張してカサカサした声が出てしまう。イズミさんは穏やかに微笑む。ちょっと柴犬に似てるなあ、と思わせる、親しみやすい笑顔。
「これ、名刺。大学の。怪しい人じゃないから」
 少し困ったように笑いながら、イズミさんは一枚の紙を差し出す。名刺かあ。初めてもらったかも。
「青井伊澄、さん?」
 心理学基礎ゼミとも書いてあるけれど、まずは名前を声に出して読み上げた。

「アオイイズミ?」

「ね? 親のネーミングセンス、どうかしてるよね。『青い泉』ってよくからかわれる。ペンネームじゃないよ。本名」
 クスクスとわたしは笑ってしまう。
「あ、わたし、赤嶺紗良っていいます。文字だと」
 手持ちの付箋を一枚取り出した。走り書きして、変なカクカクした文字になった。 
「へぇー。珍しい名字」
「沖縄にはよくある名前なんです。うち、父が沖縄の人で。五歳までわたしも住んでました、沖縄」
 つい、話しすぎてしまった。なんだろう? この感じ。すごく落ち着くっていうのかな。
 名字が青井さんだけれど、ファンタジーゲームでいうところの「水属性」の人なんだろうな。種族はエルフとかかな。最近やっているそのスマホゲームに当てはめてちょっと妄想。

 伊澄さんの案内で、駅名にもなってる七里ヶ浜に向かう。せっかく来たんだもの。海、見なきゃね。

 浜辺に降りると、優しい波音につかの間身をゆだねる。気持ちいい風が吹いていて、潮のにおいがぷんとする。浜辺には誰かが捨てた空き缶や、ワカメのような海藻が漂着している。時々、海鳥がエサをつついている。見晴らしのいい青い景色。遠くには江ノ島も見えた。「横浜の大学なんですね。青葉区の」
 さっきの名刺をもう一度見ながら、言う。
「わたしも保土ヶ谷駅が家の最寄り駅で、横浜駅近くの高校に通ってるんです。ご近所さんだったんですね」
「そうなんだ。横浜で会えるね。って、赤嶺さん次第だけどさ」
 伊澄さんはどこか恥ずかしそうに笑う。
「こんな俺だけど、柴犬顔でガッカリしたかな? 契約、する?」
 周りにチラホラいるサーファー。その人たちに聞こえないよう配慮したのかな。なにを、のところを言わない。

「しますよ。『お兄ちゃん』になってください」

 わたしはそれだけ言って、浜辺の波に向かってちょっと走ってみる。レースみたいな波は、人をうんと子供に戻す。 
「伊澄さんも来てください」
「えー。やだなあ。靴が濡れるよ」
 そのまま、浜辺で三十分くらい、波と戯れていた。靴が濡れないギリギリのところまでいく遊び。

               (続く)

 

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