見出し画像

ため息俳句 モンシロチョウ


 春の畑にはモンシロチョウが似合うのである。
 だが、菜の花の上をひらひらと飛ぶ交う長閑な風景を手放しで楽しむことは、できなくなってしまった気もする。たしかに、何頭ものモンシロチョウが忙し気に、あちらこちらへ飛び回る姿を、昔はかわいらしいと感じたものだ。
 であるが、そのモンシロチョウは、野菜作りからいえば、まったく厄介な害虫であるのだ。葉物野菜、特にこれからならキャベツであるが、それらを喰い荒らすアオムシは、モンシロチョウの幼虫時代の姿である。
 そう云うわけで、「世の中にたえてモンシロチョウのなかりせば、春の心はのどけからまし」ということなのである。
 とは云うものの、やっぱりモンシロチョウが飛びまわる風景を憎むことはできそうもない。
 それは、子供の頃の記憶に根ざしているのだろうと思う。蝶の中で、このモンシロチョウが一番身近に沢山いた。子供の遊びは残酷で、捕らえては弄び、ついにはその命を奪ったものだ。愛らしいものが指先の力のいれ具合で、直ぐに息絶えるということを遊びで知ったのだ。
 なんだか、モンシロチョウ残酷物語のようになってしまったが、子供の悪戯くらいで、絶滅危惧種になったりはしない。
 そして、おじいさんになってしまったこの頃はアオムシの親であると知っていても、この生きものをむやみに捕らえたりはしないのである。
 結論から云えば、数ある蝶の中の蝶といえば、なんといってもこの平凡極まりないモンシロチョウを上げる自分である。

てふてふはモンシロチョウに違いなし  空茶