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ため息俳句 列に並ぶ

 「あまりん」とは埼玉県のブランド苺である。埼玉のオリジナル苺とも。通販サイト上で、自分のようなもの目からすると、法外な値がついている。
 世の中には、物事に通じた方が意外に多くて、「あまりん」についてもそのおいしさを、他の苺と比較して大いに強調されたりする。自分などは、普通においしければ、「とちおとめ」でろうと、「やよいひめ」であろうと十分である。「あまりん」が舌の肥えたソムリエさん達のコンクールで一位を獲得したとしても、イチゴである以上、苺である範囲内のことだ。
 でも何事にも「上」を目指す人は少なくないのだ。埼玉県民の中にも苺をたべるならできれば、今なら「あまりん」と考える人が多い。

 毎度のことだが、我が妻もそういう人である。
 今日、お彼岸ともあって、息子夫婦が墓参りに来た。そこで、おばあちゃんとしては、苺好きの孫のためにここは「あまりん」で喜ばせてあげたいと心に決めたのであった。妻はどなたであっても、ちょとした心遣いで喜んでもらえることが、なによりうれしいと云うタイプの人だ。中でも、子や孫達がよろこぶなら、努力をおしまない。
 ところが、昨日もアルバイト、そこで爺ィの自分に「あまりん」を買ってきて欲しいといつものようにお願いである。購入先は、彼女の情報では隣町の産地直売センターが、安くて新鮮だというのだ。調べると9時開店とある。馬鹿に早くはないか、でも日が高くなるころには品物がなくなるらしいとか。
 仕方ない、10時までにつけばよかろう現地に向かった。
 
 カーナビによると販売所は、どうやらあの新一万円札の渋沢栄一先生の生家にほど近いあたりにあるらしい。果たして、到着したのは9時30分を少し過ぎた頃。既に駐車場がほぼ満車のようであった。それでもなんとか駐車できて、店頭に行く。入店を待つ人の長い列が見える。列の尻につくと、前の丈夫そうなご婦人が「整理券、あすこよ」と指さす。礼を云って、入り口脇のテーブルに置いてあるカードを頂いてきた。29番、である。
 
 待っていると、後から後から人がやって来て列につづく。お客さん同士の立ち話が聞こえて来る。どうやら、ベテランリピーターが不慣れなお客に情報を伝授している。その話から分かったことがいくつかある。
 この直産センターは、昔から近隣の町や市に住む人の間では知られる存在であったが、こんなにも列ができるようになったのは「あまりん」が現れてて以来だということだ。ここはもともと地場の野菜を売るところで、苺ばかりの直販所ではなく、それは今も変わっていないということであった。そうして、その「あまりん」も客が殺到するので、すぐに売れ切れて入手困難である場合がちょくちょくある、だから、仕方なくほかの品種で我慢せざるをえないこともしばしばだと、不安を煽るようなことばも聞こえた。
 それなら例えば「とちおとめ」には失礼だが、「とちおとめ」では、我が家のおばあちゃんは落胆するだろうと。
 
 30分ほどして、入店。「あまりん」を探すが、見当たらない。狭い店なので人口は密である。コロナ時代であれば避けたい空間だ。客の9割方が中高年のご婦人である。そういう環境で果たして「あまりん」を入手できようかと、不安になった。が、幸い奥まったあたりに「あまりん」を発見した。おお愛おし「あまりん」。ひと箱4パック入りが、明らかに他の品種よりも売れ行きが良い。レジに並ぶおばちゃんたちのカゴには、大抵「あまりん」あり。
 出来るだけ大きな粒がいいと決めていたので、品定めもそこそこ、4パック一箱を取りあげると素早く、レジの列に移動した。ついに、自分も首尾よく入手出来たのであった。
 めでたしめでたし。

 果たして、今日やってきた上の孫は、「おいしい」と絶賛し、下の方は「ふつう」と言い捨てた。息子夫婦は、これがあの「あまりん」ですかと、感心しきり。三者三様の感想であったが、・・・。誰が一番正直な感想であったかと、・・・・。
 いづれにしろお婆ちゃんが一番うれしそうであったのは間違いない。

 さて、列に並ぶということで、もっとも記憶に残っていることは、コロナ流行の初期、マスクを求めてドラッグストアーの店頭に並んだことだ。あの頃、感染予防のツールの第一はマスクであった。たちまち全国的に品薄となり、ネット上でマスクは高値で転売されたりした。あのころの狂乱を忘れてはいけない。果ては、アベノマスの愚策である。

 礼儀正しく文句も言わず列に並ぶ風景は、この国では見慣れた風景である。「あまりん」を求めて列に並ぶというのは天下太平の風景であるが、この平安は永遠の物だという思うのは愚かだ。何時一杯の水、一椀のスープ、握り飯一個のための、長い長い列に並ぶ日が来るとも知れない。
 現に今、世界にはそういう状況に置かれている人々が飛んでもない数でいるのことを知っている。いや、知ってはいても、本当は知らないのだが。
 
 畑にはようやく苺が花をつけ始めている。畑の苺の実は小さくて堅くて甘みは薄く酸っぱい、でも立派に苺である。
 

「あまりん」を求めて並ぶ弥生かな  空茶

娑婆の風列に並びて古希を過ぐ

「あまりん」の汁を啜りぬ屁ひり虫