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田中菊雄『現代読書法』

1987年に出版された本ですが、令和になってもなお色あせない、読書論の数々でした。読書の意義から、読書方法まで、示唆に飛んでいます。
https://www.amazon.co.jp/現代読書法-講談社学術文庫-田中-菊雄/dp/4061587757

<以下、抜き書き>
1 読書の意義

阿部次郎『人格主義』より
「荒々しい粗野から生まれたもの」よりも「教養ある敏感から生れたもの」の方がいいことは言うまでもない。無知は吾々の生活を狭くし、吾々の思想を偏らせしめ、吾々と他人との交通を困難なのもににする。我々が最高の度まで吾々の中に潜んでいる力を発揮しようとするならば、他人の体験を通して、自分の局限された一生の中に触れ得ないような体験をも味わい、他人の思索によって自分の思想を豊かにし、かくて一人の生涯の中に千万の人の生涯を摂取することを心掛けなければならない。

2 読書の準備

学校教育というものは読書の準備教育である。小学校といい、中学校といい、否、その段になれば大学教育だって同様である。しかるに世の中には学校を卒業してしまえばもう書籍などは全く棄てて省みないという人がかなりありはせぬだろうか。本当の読書は学校を出てからである。自ら額に汗して得た金で自らの意志によって書籍を求めて読むところに真の読書の味があるのである。今の人のうちにはせっかく多年読書の準備に時と力と金とを費やしながら真の読書というものをしない人が多い。これは多年嫁入道具の準備に憂身をやつして、ついに老嬢に終るとなんの選ぶところもないのである。

3 読書の方法

その一 精読(外国語の勉強、漢文の勉強がよい)

その二 多読(新渡戸稲造の言葉)
「少書精読多書通読』主義を以て現代読書法の第一義としたい。私自身の半生の読書は実にこのモットーに従って行われたもので、今これを天下の若き学生諸君に紹介し、おすすめすることは私の最も愉快とするところである。

その三 摘読
1)ハマートン『知的生活』
読書の術は賢明に飛ばすことにある。(The art of reading is to skip judiciously.)

2)しからばどうしたらこの「賢明なる省略」ができるかというと、それが実に一種の「勘」である。曰く言い難しである。しかし常にある主題に心を凝らしていると、この「勘」というものが非常に鋭敏になるものである。ちょうど植物の研究に従っている人が山路を歩いていると、ある草または花があたかも招くがごとく彼を引きつける、それと同じようなものである。ちょうど私なら、今読書法という主題に注意を集中していると、あらゆる書物があたかも招くがごとく、私に頁を翻せと迫ってくるがごとくである。ふと何心なく開いている雑誌にも不思議な獲物が得られるのである。いわんやかつて一度でも読んだことのある書籍は閃電光のごとく私に頭に浮かんで来、その書を開けば要点が直ちに私の眼前に現れる、といったような具合である。爾余の部分はこの場合ことごとく省略されていいのである。

4 研究のための読書

1)「敬虔な態度」
本居宣長『玉かつま』に対する田中の考察
→いささか私心を挟むことなく、ただ一すじに心理に支えようとするこの敬虔な態度こそ私たち学徒の最も大事な態度でなければならぬ。研究のための読書に当たっては、このことをしばしも忘れてはならないのである。
(構造主義を追究していた時、吉永先生が「態度」を価値づけて下さったことに通ずる)

2)研究の主題の選定
往往にして私たちの一生は、自己の研究の主題を求むる間に過ぎ去ってしまうことさえある。自己の一生の企画(Plannning)を不抜の巌の上に立てることが人生成功の第一要素であると同様に、いやしくも学徒として惜しみてもなお余りある一生の光陰を最も有効に利用せんがためには、自己の一生の研究主題を発見することが何よりも大切なことである。すなわち己がライフ・ワークの発見、これが定まってはじめて読書に対する態度と気組が定まるのである。

3)先行研究
主題に関して先人がどこまで研究したか、未解決のままで残されている部分は何々であるか、どこから手をつけて行くべきかの限界をはっきりさせることが必要である。

4)根気
第四に大事なことは不撓不屈の根気である。

私は現代の碩学が素裸になってその体験を語って下さることを非常に貴いことと思う。業績そのものよりも、その研究の態度と気魄が、鈍り勝ちな私を策励する最大のインスピレーションとなるからである。
(やはり「敬虔な態度」が大事。エピソードを語れ。失敗談も語れ。)

5 学生と読書

1)「己が使命の発見」
2)「崇高なるもの、偉大なるものに目覚めんとする」ための読書
3)「広い教養を得る」ための読書
4)「独創的研究の精神を培う」ための読書
+新渡戸稲造の読書論(卒業後にこそ読め)

6 受験と読書

何れの科目においても、一書を中心として勢力を集中することを以て受験読書の第一義とすること、これを私は自信を以てお勧めする。
(余り膨大でないものが良い)