試験にはたぶん出ない古語クイズ(2022/05/02)


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答えは「薬玉(くすだま)」になります。

式典などの大きな祝い事でしばしば目にする、パカッと二つに割れて紙吹雪が舞うあの「くす玉」の原型です。

(『旺文社 全訳古語辞典』から引用)

上の絵は恐らく江戸時代のものですが、現代の「くす玉」のように玉の形をしていないのが特徴です。もちろん二つに割れませんし、紙吹雪も舞いません。

昔の「薬玉」は、麝香(じゃこう)・沈香(じんこう)・丁字(ちょうじ)等を詰めた袋に、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)などを結びつけ、五色の糸を垂らしました。奈良時代から江戸時代まで続いた風習で、『源氏物語』や『枕草子』などの平安文学にも頻繁に登場します。

下記は平安中期に書かれた『蜻蛉(かげろう)日記』(藤原道綱の母)で、作者がお手製の「薬玉」を作っている場面です。何だか楽しそうですね。

【 原文 】
簀子に助とふたりゐて天下の木草をとりあつめて、「めづらかなる薬玉せん」など言ひて、そそくりゐたるほどに、

【 現代語訳 】
助(すけ)の君と一緒に簀子(すのこ)に座り、様々な草木を集めて「珍しい薬玉(くすだま)にしましょう」などと言って手を動かしていると、

(『蜻蛉日記』、現代語訳:水谷悠歩)

元は中国に起源を持つ厄除けです。六朝(りくちょう)時代に記された『荊楚(けいそ)歳時記』によると、「五月五日に蓬(よもぎ)の人形を門戸に掛けていた」とあり、この風習が原型ではないかと言われています。

五月五日,謂之浴蘭節。四民並蹋百草之戲,採艾以為人,懸門戶上,以禳毒氣。以菖蒲或鏤或屑以泛酒。

https://zh.wikisource.org/wiki/%E8%8D%8A%E6%A5%9A%E6%AD%B2%E6%99%82%E8%A8%98

(『荊楚歲時記』)

しかし、その後に日本に入ってきた「薬玉」は、先述の質素な「蓬の人形」そのものではありません。中国で「寿命を延ばす糸」を意味する「続命縷(しょくめいる)」や「長命縷(ちょうめいる)」、「五色縷(ごしきる)」などと呼ばれるものが起源ではないかと言われていますが、名前の通り「五行説」の影響を強く受けており、垂らした「五色の糸」が重要だったことが分かります。

一方、日本では陰陽五行説や風水の考え方がほとんど定着しなかったため、「五色の糸」は次第に重視されなくなり、代わりに「玉」を構成する菖蒲や蓬が厄除けの本体として扱われ、さらに独自進化したのが式典の「くす玉」だと思われます。(※根拠のない個人的な想像です)

ちなみに、青空文庫に収録されている作品で検索すると、明治から大正期の文章には厄除けの「薬玉」と式典の「くす玉」が混在していて、ちょうど過渡期だったことが分かります。明治に後者が流行する何かのきっかけがあったようですが、軽く調べた範囲では分かりませんでした。
(もしご存じの方がいらっしゃいましたら、教えてください)

さて、少し話が変わりますが、さらに古い時代(飛鳥時代前後)には、同じ五月五日に「薬猟/薬狩(くすりがり)」や「着襲狩(きそいがり)」と呼ばれる宮中行事が行われました。薬草を摘んだり、鹿を捕まえて若角を取ったりしましたが、前者は中国、後者は高句麗から伝わった習俗が元だと言われています。(鹿の若角は強壮剤の材料)

行事の様子は『日本書紀』や『万葉集』に記されていて、たとえば、『万葉集』に収録されている、大海人皇子(おおあまのおうじ、後の天武天皇)と額田王(ぬかたのおおきみ)の有名な相聞歌(恋の歌のやりとり)も「薬猟」の際に交わされたものになります。

【 原文 】
あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る [大海人皇子]
紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻故に我(あ)れ恋ひめやも [額田王]

【 現代語訳 】
いくら立ち入り禁止にしている紫草(むらさきくさ)の野だからといって、そのように袖を振ったら、野の番人(兄の天智天皇)に見つかってしまうではありませんか。[大海人皇子]
わたしは人妻ですが、紫草のように麗しいあなたが好きだから、こうして恋い慕っているのです。[額田王]

(『万葉集』、現代語訳:水谷悠歩)

結局、「薬玉」と「薬猟」の風習はどちらも廃れてしまいましたが、完全に消滅してしまったわけではありません。式典でのくす玉や菖蒲での厄除け、五月人形、初夏に全国各地で行われる騎射・走馬の行事など、形を変えて現代まで受け継がれています。また、過去の「薬猟」や「薬玉」の風習を踏まえ、1987年に「5月5日は薬の日」と制定されました。

※PDF注意
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/06/dl/s0617-5e1.pdf

(厚生労働省)

クイズの補足説明は以上になります。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。


【 主な参考文献 】


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