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極悪な"嫌さ"大放出の『ミッドサマー』

※ネタバレあります。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08HKLBBXB/ref=atv_dp_share_cu_r




遂に観た。いや~しんどかった。
でも最終的には「良かったね」とすら思ってしまった私もダニーと同じく狂気に堕ちてしまったのだろうか?

最初に述べておくが、宗教的な知識はあまりないのでそこに関わる感想は期待しないでください。

かなりメンタルにくるものだとは聞いていたから覚悟していたけど、それでも結構キツかった。胸糞映画はいくつか観てきたが、その中でもじわじわと侵食されていく感じが溜まらない。

なので今回は嫌さのポイントごとにざっくり感想を書いていく。


嫌さその1・主人公のメンタルが心配すぎる

自分も色々とメンタルやられた経験があるから分かるけど、主人公のダニーはただの情緒不安定なメンヘラではなく、結構重度の鬱状態である。日常生活は送れているのだろうけど、孤独にしては絶対いけない存在。
序盤からその気があるのに、ド頭からいきなり自分を残して家族が心中する激鬱展開が訪れてしまい、本格的に健康な精神から遠ざかっていくことになる。
で、恋人のクリスチャンについて旅行に行ったはいいけど、この時点で「家族」というワードを聞くだけで泣いてしまうほどしんどくなっている。それを乗り越えようと牧歌的な雰囲気を楽しもうとしたところ、目の前で崖から人が飛び降りた挙句、それをぐちゃぐちゃにされたもんだからたまったものじゃない。ダニーじゃなくても当然しんどいのに、人の生死に敏感になっている彼女にとっては地獄の光景である。
よって終盤までの2時間は常にこの「ダニー大丈夫!?」が続くことになる。


嫌さその2・性的なカルチャーのギャップ

性に対する向き合い方はそれこそ人それぞれで、男女や年代はもちろん、個人間でも価値観が異なる。
旅行に行く面々でも特にマークはそれが顕著で、彼はホルガの可愛い女の子を見るや否やヤることしか頭にないタイプだ。
しかし、そういう軽薄な部分が霞むくらい強烈なのはホルガに伝わる恋のまじないや性的な儀式だ。ホルガにとっては当たり前のことでも、どうしても我々にとっては抵抗があるそれは、逆に宗教的な意味合いでは肯定されているというギャップがより嫌さに拍車をかけている。
不運にも巻き込まれたダニーの恋人・クリスチャンの葛藤表現が生々しいのが何とも嫌だ。本能と建前のアンバランスさが見ていて不快になってくるし、やっぱりダニーのことを思うと苦しい気持ちになってしまう。
その点、描写としてポイント高いと思ってるのが、いざ村娘と行為に及んだ際にクリスチャンが手を絡ませるシーン。こういう動作って精神的に行為を肯定する時に行なうことだと思っていて、クリスチャンなりに相手に向き合っていることを示している(彼女いるやろ)。
ただ、問題はこの後だ。取り巻きの女性が歌いながらその絡ませた手を取り、母のような顔でクリスチャンを見つめてくる。ここでクリスチャンも「何してんねんこいつ!?」みたいな驚きの表情を隠せずにいる。私達とは全く意味合いの異なる性交渉のカルチャーにショックを受けている瞬間である。その後も周りの女達は胸を揉みながら歌ってるし、オーガズムの手助けに老婆に腰を押されるしでもうカオス状態。最終的にクリスチャンにとってこれはセックスを楽しむ時間ではなく、ただただ狂気に満ちた時間となった。


嫌さその3・共感すらしてしまうラストシーン

監督のアリ・アスターはラストのダニーの笑顔にはっきりと回答を示していて、あれは「彼女が狂気側に転じた瞬間」ということらしい。まあなんとなくそうだろうなと思ってはいつつも、明言されるとまた色んな感覚が襲ってくる。

正直、私は「ダニー、良かったね」とすら思ってしまったし、そう感じた人は少なくないと思う。だって、もう彼女を捕らえるものは何一つなくなったのだから。

ただ恐ろしいのは、その解決方法が結果的に全て“それらの死”であったということだ

妹のことを重荷に感じていたが、家族もろとも無理心中。
恋人との関係にも疑念を抱いていたが、最終的に自ら審判を下すことで恋人も死んだ。
このようなかなり重い現実に最後は号泣しながらも、結局それを肯定的に受け入れることで自分の未来を保ったのだ。死んでしまえば、もう考えなくていい。ホルガの考えに殉ずれば、これは恐ろしいことでも残酷なことでもないのだと気が付いたのである。

この死が解決に導く構図は、皮肉にも閉鎖的な異文化を伝統として保つための“外部に漏らす可能性がある奴は抹殺する”思考と隣接している気もする。他者を死へ導くことの抵抗のなさというか、そういう風に村の周りに内にも外にも向けて茨を張っていたからこその感覚にも思えるのだ。物語のラスト、ダニーはそこに馴染んで終わる。



田舎の異文化から人怖に繋がる展開は鉄板だが、ここまで露悪的とは全く対照の表現で残酷さを描けるのもすごいし、何よりそこに主人公を馴染ませる演出が秀逸だ。

エンディングはハッピーに捉えることも出来るが、生け贄になったウルフが悲鳴を上げて燃やされるところを見ると、「ホルガに馴染んだと思っていても死の瞬間は怖いものかもしれない」という後味の悪さでキメてくれたのも最高。
とてもじゃないけどホラー好きだからと言って容易に勧められないが、ある種芸術的な世界観はアリ・アスターにしか作れないということを証明した歴史に残る名作である。

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