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インフィニティ・サーガの宿題と『The Boys』

割引あり

Prime オリジナルのアメリカドラマ『The Boys(ザ・ボーイズ)』(2019~)のシーズン4(2024)、シーズンファイナル(Ep8)まで観た。トランプ暗殺未遂事件があったのにあの内容を配信できるのすごい。
本作は「(語義矛盾ではあるけれど)人類が人知を超えた力を手にしたとき、どうするべきか」という問いを扱っているという意味で、MCU(Marvel Cinematic Universe)のおもにフェーズ1(2008)~3(2019)、いわゆるインフィニティ・サーガと同じ問題意識を内包している(この名称の由来はインフィニティ・ストーンという作中アイテムからきているはずだが、「人知を超えた力≒無限の力」とどう対峙するかという意味でも、この名称は正鵠を射ている)。本作がメタヒーロードラマとして設計されている以上、これは自然な流れともいえる。
ちなみに、MCUでは2016年の『Captain America: Civil War(シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ)』で「ソコヴィア協定」が制定され、人知を超えた力であるヒーローたちは国連の管理下におかれることとなる。これに対して、管理下にあるべきだ/あるべきじゃないといったかたちでヒーローたちの間でも意見がわかれるのだが、この問題系は「生命体が増えすぎたので各惑星の人口を半分にして回っていきます」というゆるぎない信念とそれに見合うだけの巨大な力をもったサノスの登場およびそのサノスに対抗するための戦いをもってしてうやむやになってしまった。わたしはこれを「インフィニティ・サーガの宿題」あるいは「ソコヴィア協定問題」と呼んでいるのだけれど、フェーズ5の『Guardians of the Galaxy Vol. 3(ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3)』(2023)までを見る限り、MCUは明確なかたちでこの問いにはまだ答えていないように思える(フェーズ4以降の評判があまりよくないといううわさをしばしば聞くので急いで書き足しておくと、わたしは上述のことを理由として「早く宿題に取り組んでくれないかなー」と身勝手に期待してはいるものの、そのことをもってしてフェーズ4以降がよくできた作品たちではないとは思っていない。どの作品もしっかり作られていて、とくに女性ヒーローが前面に出てきたことによってそれまでMCUの弱点でもあったフェミニズムの視点が強化されたことはとても喜ばしい。ゲーマーゲート的な勢いでこの流れをよろしく思わないセクシストも少なくないのだろうが、いいかげんにしてほしい)。

では、『The Boys』はそのソコヴィア協定問題にどこまで踏み込んでいるのか。正直なところ、現時点ではMCUにおけるサノスとの戦いと似通った流れを踏襲してしまっているように思われる。本作ではホームランダー(元ネタのひとつはドナルド・トランプ)という究極のナルシシストが作中もっとも強いヒーローとして登場するが、シーズン4までの流れを見る限り、「能力者(ヒーロー)をどうするかという問題はさておき、とりあえずホームランダーをどうにかしないことには世界が最悪の事態になる」という問題意識をもって主人公たち(チーム名がボーイズ)は奔走している(これまた急いで書き足しておくと、おそらく本作はソコヴィア協定問題に通じる問題意識よりも、現実社会における右傾化に対する警鐘としての機能を大切にしていて、わたし自身そこに異論はないのだけれど、ひとまず今回はその論点はおいておく)。
けれど、わたしはシーズン1~3までと今回のシーズン4では読後感がはっきり違っていて、それがわたしの内的な問題なのか、作品のつくりが実際に明確に変わったからなのかはあまり自信をもってどうこういえないのだけれど、わたしが観た感じではシーズン4、とくにその前半では「作戦の遂行」よりもいわゆるキャラクターの内面の描写にクリエイターが注力していたように思えた。MMがOCD(Obsessive compulsive disorder:強迫症)を克服するための本を読んでいるショットがあったり(わたしもOCDにかかって20年ほどなので、勝手に親近感を抱いている)、フレンチーが過去の自分の罪をどう贖罪するかというテーマはシーズンを通して明確に打ち出されていたし、そうしたボーイズの面々の葛藤だけではなく、ホームランダーとその息子のライアンの交流シーンが増えたことでホームランダー自身がずっと抱えているマザコン、ファザコン、ファミリー・コンプレックスの問題が前景化していた。それまで本作にそこまでのめりこんでいなかったわたしはこの流れに対して大歓迎だったが、各作戦の遂行や事件の派手さやその中で散々描かれるゴア描写こそが本作の魅力だと思っていた人にとっては少し肩透かしを食らったような感じになってしまったのかもしれない。実際、中だるみしていたという声も聞こえてきている。わたしとしては、むしろそうした過激さばかりが本作の人気の由縁となっていたのだとしたらそれはとても悲しいことだし、それはまさに「圧倒的な力こそが快感を生む」というソコヴィア協定問題以前の時代へと逆行しているともいえるので、次なるシーズン5でもこの内面を描くというラインは堅持してほしいと思っている。
ちなみに、MCUの魅力の一つは「ヒーローたちが抱える人間らしさ」であり、それはまさにヒーローたちが戦い以外のところで悩んでいたり、しょうもないことで失敗をしてしまったり、けんかをしてしまったり、さまざまな葛藤を抱えているところだったりが描かれることで表現されてきた。本作でもシーズン1から「ヒーローたちが抱える人間らしさ」は描かれてきていたが、その人間らしさとはMCUとは異なり、いわゆる「欲望」だった。「ヒーローたちが公共性よりも自分の欲望を優先したらヤバいことになるよね」といったジョークの連発も本作の人気の理由の一つだったのだと思うけれど、その欲望の肥大は結局は力の渇望と力の行使による快感につながるだけで終わっていく可能性が高いので、その意味でも、本作のシーズン4におけるキャラクターたちの内面、とりわけヒーローであるホームランダーの内面がこれまで以上に掘り下げられたことはソコヴィア協定問題と向き合う上でも大切なことだったと思う。

ところで、「インフィニティ・サーガの宿題」には、実はソコヴィア協定問題のほかにもうひとつある。それは、「サノスの問い」だ。先述したように、サノスは意味もなく大量虐殺をして星を回っているわけではない。彼の中には「増えすぎた人口に対してわたしたちは何をすべきか」という問題意識がある。ソコヴィア協定問題は、たとえば人類は原発をどう扱っていくべきかといった問題を想起させることがあるが、サノスの問いはそれ以上にダイレクトにわたしたちの現実に直結している。人工肉や昆虫食の話題がニュースになることも増えてきた。
『The Boys』の初期によく描かれた「ヒーローが私利私欲のために豪遊する(殺人含む)」という流れは、資本主義との相性がよい。また、資本主義は経済成長と相性がよく、経済成長は人口の増加と相性がよい。かなり短絡的な連想ではあるけれど、本作がシーズン5でサノスの問いにまで踏み込んでくれたらという期待は、少しだけ抱いている。

ちなみに、サノスの問いに関してはイギリスドラマの『Utopia(ユートピア)』(2013~2014)がわりとギリギリまで踏み込んでいてとてもすばらしい仕上がりになっているので、未見の人はぜひ観ていただければ。Prime オリジナルでアメリカがリメイクしたほうもあるのだけれど、シーズン1で打ち切りになっているし、そのシーズン1もオリジナル以上の内容にはなっていないと思うので、まあ余裕がある人は……。

最後に全然関係ないのですが、Amazonは『The Boys』『Fallout(フォールアウト)』(2024)で稼いだお金を使って、打ち切りになってしまった『The Peripheral(ペリフェラル 〜接続された未来〜)』(2022)『Paper Girls(ペーパーガールズ)』(2022)『Truth Seekers(トゥルース・シーカーズ 〜俺たち、パラノーマル解決隊〜)』(2020)『The Wilds(ザ・ワイルズ 〜孤島に残された少女たち〜)』(2020~2022)を復活させてください! よろ!( ;∀;)

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