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黄と赤

下書きにありました。
一年前に書いていたようです。成仏させます。


今日はいつにも増して混んでいる。
とんでもない日にシフトに入ったもんだ。

僕が働いている居酒屋は、予約しなければ入店できない非常に人気のある店だ。所謂個人経営の店なのだが、グルメ界隈では非常に人気のようで、店も大将も半ばブランド化している一面もある。

この店では、お客さんの目の前で食材をカムチャッカファイヤーするパフォーマンスがある。だから、店内は常に暑い。そして満席。人の体温と炎の熱で店内は蒸し暑い。にも関わらず、暖房はガンガン効いている。

顧客は、羽振の良さそうなスーツを着たおじ様方、ハイブランドに身を包んだ30代前後の女性。5人に1人がアメックスのプラチナカード。単価も勿論高い。今日も白銀のクレジットカードを2枚触れる機会があった。

そんなアメックスプラチナニキが多く来店するこの店は、今日も大繁盛。それに反比例してシフトに入っているアルバイトの人間が少ない日だった。

1時間程遅れて出勤したが、既に店内は戦争だった。居酒屋でアルバイトをしたことがある人は分かるだろうが、冗談抜きに店内は戦争状態である。マジで。

誰もが敵。味方はいない。お客さんは勿論敵。社員や他のアルバイトも半ギレの状態で接してくることがあるので、敵。ハイボールも敵。拘って提供するクラフトコーラは天敵。作るのに5分はかかる。
右手に伝票、左手にトレイを持って戦場へ。愛想良く敵に振る舞おう。不思議とこれがたまに快感なのである。案外接客向いてるのかな?

まあ全ては慣れなのだろう。半年も働いていると徐々に要領というやつが掴めるようになる。

そんなこんなで、今日も戦闘が終盤に差し掛かった頃、一組のカップルがドアの前に立った。
見るからに朝鮮半島出身の方々。
去年の冬に海外からの入国が緩和され、外国からの客がめっぽう増えた。特に韓国人が多い。

海外からのお客様あるあるなのが、予約をしていないこと。幸運にも席が空いており、入店できる日がたまにはあるが、今日はアンラッキー。満員御礼。

まあ断るしかないよなあ。引き戸を開ける。

“Can you speak English?”

舐めるんじゃない。俺は旧帝大だぞ。

「A little bit..」

情けない。受験英語はそこそこできるんですけどね。

「No reservation?」

“Yah..”

「ごめんね、今満席なんだー」

“まじかー、え、じゃあさ、この辺で良さげな焼肉屋ある?”

「焼肉屋?俺この辺に住んでないから分かんないんだよね。こういう時はGoogleを頼ろうよ。」
店の近辺で飲む習慣のない僕は、文明の力に頼ることを提案した。
早く戻らないと、ラストオーダー間際とはいえ店は忙しいのだ。キッチンの社員の目が痛い。

僕はスマホを取り出しGoogleマップを開いた。
韓国人は”Your choice. Your choice!”と急かんでくる。
いや、マジで知らないんだって。
焼肉で検索。飲み屋街なので至る所に焼肉屋が当たり前に散在している。
その中でも一番近くて評価の高い店は...。

「あーこの店、4.6だって。結構良さそうですよ。」

“まじ!ありがとう!!ん?Are you a football fan?”

「Yes..あ!!」

気づいた。この人僕のスマホの裏側見たんだ。
スマホケースの中に、ローマ公式ショップで買ったアパレルのタグを入れている。
今入れているタグは、Ariesとコラボした時のパーカーを買った時のタグ。金色の文字でASRomaのロゴとAriesのロゴがデザインされてるのがうちゅくしい。

「これ見たのかな?」

“Ohhhhhhhhh!!! I’m a Romanista!!!!!”

一瞬の沈黙。
いや、まじか。まじで言ってんのかこいつ。

「Sìììì!!! Me too!!!!! Ohh!! 7 hours later..」

“Europa League!!!”

「Yeeees!!! Forza ROMA!!!」

“Forza ROMA DAJE!!!
♪Roma~Roma, Roma~”

「♪Core de sta città~」

徐々にフェードアウトしながら彼らは去っていった。

感極まった。

店長や大将には言っていないが、僕は近い内にこのバイトを辞めるつもりでいる。最後の最後に良いお客さんに出会えた。

彼がどの程度僕の愛するクラブに忠誠を誓っているのかは知らない。
しかし、一緒にRoma Romaを歌った。

少し口ずさんだだけだったが、二人の黄と赤の血が通い合った瞬間だった。

美しすぎる出会いです。

韓国に住んでいるだろう彼と会うことは、もうないかもしれない。しかし、互いに同じ日同じ時間に同じクラブに情熱を注いで応援していることは確かだ。
いや、いつか、オリンピコで出会えるかもしれないな。

そんなことを思いながら僕は店に戻った。

でも、お前ら、韓国人さん、日本まで来て焼肉食うことはないだろ。

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