ライブバーで思い出すこと

なんだか急にライブバーの匂い、みたいなものを思い出していた。

ライブがあるからと誰かに誘われて雑居ビルを、たしか階段をいくつかのぼっていって、ドアが開きっぱなしで、バーカウンターがあって、イス席が少しあって、狭い通路。入りきれなくて立ち見もいて。外が暑かったのかエアコンもきいていて、演奏のときは気にならないけれど、セットが終わって演奏音がやむと、とたんにシュコーとかシュルルルとか動作音が聞こえるようになる。それからカクテルをつくる音、グラスのふれる音、コップの置かれる音、誰かと誰かのしゃべる声、ゴツゴツとにぶい靴音、狭いところを行き来する人の動き、出入り。外はまだ夕暮れくらいだった。日が長かった。だからやはり夏だ。

そういうときに感じる独特の匂い、みたいなものがあって。それは言いかえてみれば場の雰囲気とか、肌というか皮膚の感じる触感とか、見ていた光景とか風景とかそういうものをひっくるめて記憶として記録して、そこから脳が随意に思い出しやすいようにそれらを「匂い」として勝手に変換して再構成したものなんだろうと思っているんだけど、そういう匂いが急にこの夜更けに感じられて、あれはどこだったっけ、とおぼろげな記憶をたどったりしていた。

演奏風景で憶えているのが、サックスの人がいて、その奏者の目と鼻の先に陣取りつつ体を微妙に斜めにして絶妙に誰とも視線を合わせないお客さんが、サックスのフレーズにじゃんじゃん声をあげて反応している。全身耳のような人だった。私にはそのお客さんがなんでそこで反応しているのかさっぱりわからず、なんやろなーこの人、みたいな感じで後ろの方でカウンターに肘をついて、立ち見群の中にまぎれつつ聴いていた。サックスの人はそのお客さんの過剰とも思えるような反応に驚くでもなく、気にするでもなく、吹いている。集中力とかが切れるような様子は特に見られなかったように思う。だからいつもどおりの演奏だったのだろう。手練の演奏だった。

そしてしばらく休憩時間。店のいちばん奥に、ほとんど壁と化しているJBLの巨大スピーカーがあったと記憶しているので、たぶん広島のサテンドールだったかなあと思ってるのだが、思い出した匂いというのは別にそのお店特有のものでもなんでもなくて、そういうライブバー、それも普段は喫茶営業しているような小さなところでときどき企画されるライブの、セットとセットの合間にだけふと立ち現れるような、そんな匂いだったような気がする。

そういえば演奏が聞けるところにしばらく行ってないな、また行きたいなと思いつつ。
そんな変な記憶の蓋がパカリと開いてしまってしばらくぼんやりする。そんな真夜中。


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