クラフトビールの定義とか

twitter に連投したけど、スレッドが分岐したりしてしまったので note でまとめ & 加筆してみます。

クラフトビールの定義、みたいな話が一部界隈で盛り上がったりしているなか、まずはそんなときに参照されがちな米国の BA (Brewers Association) での定義を見てみましょうかね。

BA における定義、Craft Beer? Craft Brewer?

面白いことに、BAでは「クラフトビール」は定義していないんですよね。

もしかするとどこかに Craft Beer の定義もあるのかもしれないけど、有名ドコロなのはこの「Craft Brewer」の定義。Craft Beer ではなく、Craft Brewer。細かい違いではあるけど、定義である以上こういう細かいところが重要です。

Craft Brewer Definition
An American craft brewer is a small and independent brewer.
Small
Annual production of 6 million barrels of beer or less (approximately 3 percent of U.S. annual sales). Beer production is attributed to a brewer according to rules of alternating proprietorships.
Independent
Less than 25 percent of the craft brewery is owned or controlled (or equivalent economic interest) by a beverage alcohol industry member that is not itself a craft brewer.
Brewer
Has a TTB Brewer’s Notice and makes beer.

2021年現在では Small, Independent, Brewery の 3 pillars で Craft Brewer が定義されています。この3つはあとで触れる JBA 全国地ビール醸造者協議会による日本における「地ビール」の定義とも関連していて、2021年現在と断っているのもそれと関わってきます。Small は年間生産量、Independent は大手酒類メーカーとの資本関係、Brewery は酒税とビールそのものの話です。Independent は JBA でも踏襲されていて日本でも近い議論は成立するんだけど、米国が日本とは決定的に違うのがホームブリュワーの存在です。米国 では、Brewer の規定で扱われている税に関する内容が、非販売目的、非課税のホームブリュワーと、販売目的、課税対象のCraft Brewer とを分けることになります。

つまり BA における「Craft Brewer」は、Independent の規定により大手酒類メーカーと分けられ、かつ Brewer の規定でホームブリュワーと分けられており、それら大手酒造メーカーとホームブリュワーの中間に位置づけられるプレイヤーのカテゴリー、それが Craft Brewer ということになります。繰り返しになりますが、直接ビールのカテゴリーを規定する定義ではありません。プレイヤーのカテゴリーです。

で、ここで気になるのが「Craft Brewer 以外、たとえばホームブリュワーが作るビールはクラフトビールではないの?」というところ。これはぼくは明確な答えは持っていないので疑問を呈するだけになってしまうのですが、あれだけホームブリューイングのコンペが盛り上がり、ホームブリュワーからクラフトブルワーへというパスがある米国において、「ホームブリュワーはクラフトじゃないよね」ということになっているのか。腕を磨いたホームブリュワーがいよいよビールを事業とする日に「さて今日からはクラフトビールを作るぞ」ということになるのかしら。BAの「Craft Brewer」の定義に当てはまらないプレイヤーのビールは Craft Beerじゃない、という図式は成立するのかしら、というのがこのあたりの定義の話と最近の日本の話を照らし合わせて感じる疑問です。これは BA の定義が Craft Beer に対するものではなく Craft Brewer に対するものであることに起因するものでもあります。米国のこのあたりの雰囲気ってどんな感じなんでしょね。

BA の定義の変遷

先ほど「2021年現在における定義」と断った理由は、BA の定義が何度か変更されているためです。Small の規定は今は 6 million barrels になっているけれど、以前は 2 million barrels でした。これは市場拡大に伴い、BA に参加するクラフトブルワリーの中に 2 million barrels の閾値を超えるところが出てきたため調整したと言われています。

一番新しい変更は2018年で、「Traditional」の pillar が「Brewer」に置き換えられるという大きなものでした。

以前の Traditional の項目はこのようなものでした。

a majority of its total beverage alcohol volume in beers whose flavors derive from traditional or innovative brewing ingredients and their fermentation.

要は「伝統的ビールがメイン商品」という要件です。この要件が撤廃されたことで、Craft Brewer においてビールが事業の大部分を占めている必要はなくなりました。これは記事にあるような Cider、Kombucha であったり Hard Celtzer といったような色々なビール以外のアルコール飲料も作るブルワリーが増えたことに対応するための変更でした。これも後ほど触れる日本の JBA の地ビールの定義を考えるときに対比として面白い部分です。

という感じで、世に数ある定義のうちの一つ、BA の Craft Brewer の定義を見てきました。ここまでで気に留めておきたいポイントは、生産量も業態も、その時時の状況に合わせて改訂が重ねられていることです。

続いて日本における定義を見ていきましょうか。

日本における地ビール、クラフトビール

まずは国税庁。国税庁では毎年「地ビール等製造業の概況」というものを作成しています。これを見れば地ビールの定義はわかるのでは?ということで中身を見てみます。

はい、わかりませんでしたね。

この調査の対象は「ビール又は発泡酒の製造免許…を有しているもの」で、この書き方であれば大手も含まれます。しかし、但し書きがあり「各表の計数は、図表10を除き、大手5社…を除いた」となっています。文書中の殆どの数字は大手を除いたものとなっています。

これだとやっぱりよくわからないので、別の定義、JBA 全国地ビール醸造者協議会の「クラフトビール(地ビール)」の定義を見てみましょう。

このことから全国地ビール醸造者協議会(JBA)では「クラフトビール」(地ビール)を以下のように定義します。
1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。
2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。
3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。

これは2018年に定められたもののようですが、順に BA の Independent、Small、Traditional におおよそ対応するような構成になっているのがわかるかと思います。ここで Traditional であって Brewer ではないのは、BA の側での Traditional -> Brewer の変更も同じく 2018 年なので、ちょうどそのあたり前後したのかなということかと推察します。そしてその Traditional にしても BA とは決定的な違いがあります。BA は「ビールが生産量の大部分を占める」という制約があったのですが、JBA はそういったものはなく、作りの伝統性に加えて、地元への定着といういわゆる「地ビール」的な観点での項目になっていて、生産量にビールが占める程度は問いません。これは日本の地ビール黎明期において、もともと日本酒を作っていた事業者が多く参入したことと無関係ではないでしょう。米国ではホームブルーイングはじめビールの小規模醸造から Craft Brewer という道がしっかりとあったので、ビールだけで大きくなったブルワリーが主だった。対する日本は、地ビール黎明期からすでに他酒類が事業の主軸だったプレイヤーも多かった。こういった背景から、清酒と併存するビール醸造者というカテゴリーを考慮した定義に寄せていると考えられます。JBA の現在の理事役員を見てもそのあたりの雰囲気は感じられます。

このことは BA での Independent に相当する、JBA の第一項目にも色濃く出ています。BA が「a beverage alcohol industry member that is not itself a craft brewer」とアルコールであれば酒類は問わず認めない形なっているのに対してJBAは「大資本の大量生産のビール」と制約をビールに限ることで、清酒を含む他酒類を作っていても地ビールではあり得るように規定されています。

BA : Less than 25 percent of the craft brewery is owned or controlled (or equivalent economic interest) by a beverage alcohol industry member that is not itself a craft brewer.
JBA : 酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。

再度、クラフトビール?クラフトブルワリー?

ここまで見てきた通り、JBA の定義は BA における Craft Brewer の定義との差異はありつつも、その影響を受けていることはみてとれます。ここで BA の定義を見たときにも行った議論に立ち戻り、JBA の定義は果たして「地ビール(クラフトビール)」の定義なのか、「地ビール醸造者(クラフトブルワリー)」の定義なのか、というところを見てみましょう。繰り返しですが、定義である以上こういう細かいところが重要です。

JBA のページでの項目の立て方は『「クラフトビール」(地ビール)を以下のように定義します』となっていて、クラフトビールの定義のようにも見えます。しかし定義の内容をきちんと読むと、「行っている」「製造している」などの書き方から分かる通り定義対象は行為の主体であって、客体としてのビールではありません。つまり JBA の定義も BA 同様に、クラフトビールの定義ではなくクラフトブルワリーを定義しているものと読むのが妥当です。

となるとやはり BA 同様に、 JBA の定義に対しても、クラフトブルワリーの定義に当てはまらないブルワリーのビールはクラフトビールではないのかという問いは成立して、現在の JBA の定義でもそこは明確には定められていないことになります。ここで BA と JBA で決定的に違うのは、日本国内にはホームブリュワーは存在しない点です。そのため、JBA の定義でクラフトブルワリー以外の醸造者というと主に大手五社の話になります(試醸免許など例外は除く)。このあたりの線引がまさに、今盛り上がっているクラフトビールの定義の話になるかと思います。果たして、大手は「クラフトビール」を作ることができるのか?

ビアファンとクラフトビール

という感じで、米国と日本でクラフトブルワー、クラフトビールって何?みたいな話を、2つ3つの団体が挙げている定義を参照してなぞってきて、現在話題になっている問題の位置づけを整理してみました。ここまで見てきて分かる通り、クラフトブルワーの定義も色々とあり、時代によっても変遷しています。ある程度の軸はありつつも、少なくともいつでもどこでも通用する定義というものはないことはわかるかと思います。

クラフトビールの定義のあり方の現状に興味があった方はこのあたりまでで。ここからはここまでの流れを踏まえた個人的な考えです。

まずここまでの議論に加えて理解しておく必要がある重要なポイントは、BAにしろJBAにしろ参加する事業者の利益を代表する業界団体であるという点です。これは全くネガティブな意味ではなくて、参加する事業者なりの意見や利害を集約して、それを政策なり税制なりに反映すべく働きかけを行う、という非常に重要な役割を担っています。こういう活動はホント大事。こういう組織があることで、僕らビアファンも色々と間接的にメリットを享受しているのは間違いないです。中小規模醸造者への減税優遇措置とか。

こうした組織の重要性は認めつつも、果たしてぼくら消費者、ビアファンが業界団体が定めた定義にとらわれる必要って、果たしてあるのかね?という話。両団体とも、加盟する事業者への利益を考慮しつつ、加盟する事業者を包摂すべく「Craft Brewer」「地ビール」の定義を調整していることはここまで見てきてわかりますよね。繰り返しになりますが、これ自体は全く問題はなく、政府や行政とやり取りするにあたり、対象になる範囲を明確にすることは当然必要になります。じゃ果たして、ぼくら消費者、ビアファンが、特定の業界団体の現在の定義を絶対的なものとして戴く必要があるのか?という点については、ぼくは否じゃないかなと思っています。それより僕は、美味しいビールが飲みたいのだよ、と。

もちろん、その定義を逸脱することによって引き起こされる問題、ということであれば論じる意義はあります。しかし「定義に沿わないからダメ」で話が終わっている論は、もったいないと思いますよ。みんな、定義に沿ったビールが飲みたいの?そうじゃないでしょ、と。

それとは別に、ビアファンとかではなくビール業界の人たちが定義を論じることは当然と思います。ご本人たちがまさに渦中にいる業界で、その定義の議論なども様々な形で事業に影響を及ぼすでしょうから、何も言うなというのは筋違いな話で。ただしそれもやっぱり業界の中の話であって、外にいるビアファン目線からすれば、それぞれがどういう立場で、何を守るために、どういう言い方をしているか、それをビアファンに見せる意図は何で、ぼくらにとってどういう意味と影響があるのか、という観点で解釈する必要はあるんじゃないですかねー、と思って見ています。

以上、イチ、ビールファンから見た #クラフトビールの定義 にまつわるあれこれと、BA、JBA の定義の勝手解釈でございました。なにせ、楽しく美味しいビールが飲めますよう。


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