お酒の特区 - お酒好きが知っておくと良いことがあるかもしれない特区の制度のお話 - その1

特区についてまとめようと思って書いていたら思いの外の長さになったので、まずは「その1」として公開します。「その2」は現在のところ未公開。

記事中の記述は特に注記がない限り2020年3月時点の情報に基づきます。

-----

「特区」という言葉は比較的よく知られているのではないかと思います。「どぶろく特区」「ロボット特区」など、名前は聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。しかし、制度の詳細がどの程度理解されているかと言うと、少し前までの自分を思い返すに、実はそこまで広くは知られていないんじゃないでしょうか。

このポストでは、特区を少し踏み込んで理解することを目的とします。念のため、ぼくは特に法律、制度などのプロではありません。必要に応じて調査する中で知ったことをまとめました。誤りなどは極力ないように努めますが、それでもどうしても誤り、不正確な記述などが混入することもあるかと思います。それが検証可能となるように可能な限り関係省庁のサイトや法令などへのリンクを付け加えます。もし、おかしいなと思う箇所があったらぜひリンク先にあたってください。そして、誤りがあったらご指摘いただけると大変ありがたいです。

また、ぼくの興味は基本的に酒類の特区が主です。そのため、酒類に係る特区を理解する範囲が調査範囲です。それ以外についてはそれほど踏み込んだ説明はできないと思うのでその点はご理解ください。

そもそも、特区とは?

まず特区とは何かというと、日本の場合は以下の三種類を指します。

構造改革特区
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/index.html
総合特区
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/sogotoc/index.html
国家戦略特区
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kokkasenryaku_tokku2013.html

それぞれ制定された時期や経緯、管轄する法律などが異なるのですが、いずれも、特定のエリアを定めて、既存の規制の一部を緩和したり、税制や金融の優遇措置を定めたりすることで地方創生につなげるためのものです。何ができるかは特区の種類によっても変わってくるので、簡単にそれぞれ説明します。

構造改革特区
これは小泉政権の際の構造改革、規制緩和の一環として定められました。国の規制を緩和することで対象地域の活性化につなげることを目標とします。総合特区と国家戦略特区では税制や金融に踏み込んだ対応を取ることもできるのですが、構造改革特区はあくまでも規制の緩和のみです。

総合特区
総合特区は規制の緩和だけではなく、制度の特例を設けたり、税制、財政、金融上の優遇措置を行うものです。地方自治体と事業者に加えて、政府も含めたプロジェクト体制を組んで進められます。総合特区には国際戦略総合特区と地域活性化総合特区の大きく二種類があります。例えばロボット特区(さがみロボット産業特区)は総合特区のうちの地域活性化総合特区の一つです。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/sogotoc/toc_ichiran/toc_page/t33_sagami.html

国家戦略特区
アベノミクス成長戦略の一環として作られた制度で、三種類の特区の中では一番新しいものです。総合特区と同様に、規制の緩和だけではなく税制面の優遇措置なども合わせて行われます。対象地域の選定には国が主体的に関わり、単発の規制緩和だけではなくて総合的なパッケージとしてのビジネス環境整備を目指します。国家戦略特区のメニューは、全国で10箇所の指定区域にしか適用されません。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/shiteikuiki.html

この3つの位置づけを見ると、総合特区と国家戦略特区とで重なる部分が大きいように思えます。実際、国家戦略特区が始まった平成25年度以降は総合特区の新規メニューが出てきていないようなので、国家戦略特区は実質上、総合特区の後継と考えていいんじゃないかと思います。

一方で、構造改革特区は他の2つと性質の違う点が多いこともあってか、現在も国家戦略特区と並立されていて引き続き新規メニューが出てきています。

酒類に係る特区は現在のところ(2020-03現在)いずれも構造改革特区に分類されます。そのため、以下の説明はほぼ構造改革特区の話となっています。ご了承ください。

ちなみに、京都府与謝野町が2019年11月に「ビールの自家醸造特区の設置」として、国家戦略特区の設置提案を内閣府に提出しています。これが認められると初めての酒類に係る国家戦略特区になるかもしれません。まだ省庁からのフィードバックは公開されていませんが、今後の進展に期待です。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54290080Q0A110C2LKA000/

構造改革特区が認められるまでの流れ

構造改革特区は前述のように特定のエリアに限り、特定の規制を緩和するものです。この「特定のエリア」と「特定の規制、その緩和」は独立に検討されます。ここが意外と見落とされがちな部分なので、流れを簡単に説明します。たとえば、ぼくが何か新しい構造改革特区を思いついたとします。それを最終的に活用できるようになるまでの流れは次のようになります。

1. 特例措置の提案:特区のメニューを決める
2. 特区計画の認定申請:特区のメニューをエリアに適用する
3. 事業者が実際に特区の適用を受ける

以下流れを追って説明します。説明中の具体例としては、どぶろく特区の場合を多く挙げています。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/sankou/0806/07_kouzou-50-2_zaimusyo.pdf


【1. 特例措置の提案:特区のメニューを決める

まずは最初に特区の枠組みを定めるステップです。

特区のメニューの中身を考える

特区、特に構造改革特区は、なんらかの事業を阻害する要因となっている「規制」を緩和することで新たな事業を可能とし、それにより地域の活性化につなげるものです。そのためにまずは、地域が抱える課題やニーズと、それに対応することで地域に見込める効果などを示す必要があります。どぶろく特区の場合は「都市と農村の交流の活性化」を見込んで「農家民宿や農園レストラン等を営む農業者が…自ら生産した果実又は米を原料として特定酒類を製造」したいというニーズを想定しています。

続いて、課題解決やニーズの実現を阻害している緩和すべき規制を特定する必要があります。どぶろく特区の場合は、酒造免許取得の条件となる最低製造数量基準(年間最低生産量)が、農家民宿等を営む農業者による酒造免許取得を阻む障壁となっているとされました。

加えて、その規制をどのように緩和するのか、という規制緩和の内容も必要となります。どぶろく特区の場合、先程特定された最低製造数量基準という規制に対して、その適用を完全に除外することになりました。

以上のように、「最低製造数量基準(緩和すべき規制)の適用を除外することで(緩和の内容)、民宿等を営む農業者がどぶろくを作ることができるようになり(地域が抱えるニーズ)、それによって都市と農村の交流の活性化を見込む(地域に見込める効果)」というストーリーが明らかになるとともに以下の4項目がクリアになります。

- 地域が抱える課題やニーズ
- 地域に対して見込める効果
- 緩和すべき規制
- 緩和の内容

またここまでで、その規制緩和を適用するための条件の枠組みもある程度定まっているはずです。ここで注意したいのが、適用される地域についての議論と、適用される事業者についての議論は分けて考える必要がある点です。これは後ほどあらためて説明しますが、この2つは考慮されるフェーズが異なります。

どぶろく特区の場合のこれら条件を考えてみます。まず、民宿等を営む農業者による酒類の醸造を可能とすることで都市と農村の交流の活性化を見込む、という前提があります。そのため、規制緩和が適用される地域は農村であり、かつ民宿等を営む農業者が(効果が経済的に見込める程度の)一定規模で存在しているということが暗黙の条件として導かれます。また、適用される事業者の条件は、これは書かれている通りで民宿等を営む農業者となります。

特区のメニューが決まるまでのプロセス

これまで考えた特区のメニュー内容を、続いては特例措置の提案(特区メニューの提案)として内閣府に提出する必要があります。2020-03 現在、構造改革特区の提案募集は国家戦略特区と併せて行われていて、使用する書式も共通となっています。「提案様式」として公開されているExcelシートを参照すると、先程の議論に出てきた内容がそのまま記入項目となっていることがわかると思います。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/teian.html

この特例措置の提案は随時受け付けてもいますが、いくつか政府が特に重点を置きたい分野に絞った「集中募集期間」というものも設けられます。

さて、誰が提案を提出するかですが、実は内閣府は地方公共団体や事業者に限定せず、誰からの提案でも受け付ける事になっています。


https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/pdf/191220kouzou_kihon_hoshin.pdf
提案は、地方公共団体及び民間事業者等を含め、誰からのものであっても受け付ける。

実際に過去の特区の提案では個人として提出されたものもたくさん見られます。また、構造改革特別区域法第四条5には以下のように定められています。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=414AC0000000189#11
特定事業を実施しようとする者は、当該特定事業を実施しようとする地域をその区域に含む地方公共団体に対し、当該特定事業をその内容とする構造改革特別区域計画の案の作成についての提案をすることができる。

計画の案の作成の提案」と非常に分かりづらい書き方ですね。わけがわかりませんが、噛み砕くとこれは「ある地方公共団体に対して『こういった感じの特区計画の案(特例措置の提案)を作って内閣府に提出してよ』と提案することができる」ということです。これができる主体は「特定事業を実施しようとする者」となっていますが、これは事業者であるか個人であるかは問われず、また対象の地方公共団体に現時点で居住しているか事業を営んでいるかも問われません。つまりは、極端な例としてはぼくがいきなり思いついた特区のアイディアを、縁もゆかりもない自治体に送りつけて「これを内閣府に出してよ」と提案することも、原理上は可能だと思います。しかし一方で当然、地方公共団体はその提案を拒否することもできます。ただ、その場合も拒否理由を通知する必要があるので、意外と重いプロセスなのではないかと思います。このあたりの情報はいまいち見つからないので、変な提案は軽く一蹴されているだけかもしれませんが。

この誰もが地方公共団体を通じて内閣府に提案できるプロセスの説明は過去のガイドラインにはあったんですが、最新の基本方針では特に言及はないみたいですね。この過去のガイドラインがどのページに掲載されていたか、リンク元を見失ってしまったのですが、そもそも特区法の条文が残っているので、このプロセスもまだ有効だと思われます。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/sankou/0806/02_kouzou-50_soron.pdf

こうして様々なルートから内閣府に特例措置の提案がなされます。
- 個人から直接内閣府
- 事業者から直接内閣府
- 個人から地方公共団体を通じて内閣府
- 事業者から地方公共団体を通じて内閣府
- 地方公共団体から内閣府

ただし、後のステップではいずれにしても地方公共団体からの協力が必要となるため、「個人から直接」「事業者から直接」のパターンはあまり有効ではないと思われます。はじめから、自分が特区の適用を受けて事業を行いたい地方公共団体を通じてメニュー作りを行うほうが良いでしょう。

内閣府に提出された提案は、過去のもの、リジェクトされたものも含めて一覧が公開されています。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/siryou_ichiran.pdf

ただしこの段階で全てがそのまま承認や却下されるわけではなく、対象の規制を所管する省庁からのフィードバックコメントや、それに対する提案者からの返答などを複数回繰り返す場合もあります。例えばどぶろく特区の場合のそういったやり取りは「構造改革特区(第2次提案募集)に関する当室と各府省庁とのやりとり」から参照できます。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/kouhyou/050926/zaimu.pdf

興味深いのが、当時の特区の窓口部署(構造改革特区推進室)は各省庁からの却下回答に対して、再検討するよう積極的に差し戻ししてたんですね。財務省は代替手段を提案したり(委託醸造)、法の趣旨として譲れない点を明確にしたりしながら、最終的には「各省庁からの再々検討要請に対する回答」として「酒類製造免許の最低製造数量基準の特例を設ける」という落とし所にたどり着いています。あとは、どぶろく特区に相当する規制緩和を提案して地方自治体がこのフェーズですでに複数あったんだ。興味深い。

ここまで「1. 特例措置の提案」のまとめ

こうした一連のステップを経て、所管の省庁が特区として認めたメニューは最終的に特区のメニュー表に載せられます。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/sankou/0806/07_kouzou-50-2_zaimusyo.pdf

これは財務省が所管する特区のメニューですが、これ以外にも所管する省庁ごとにメニュー表が整理されています。

ここまでで留意したいのは、この時点では具体的に特区を適用する地域が決定しているわけではない点です。メニュー作りにあたってはもちろん地域ごとの特性などが考慮されるので、適用予定の地域は前提としては考慮されているはずですが、このメニューが通っただけでは特定の地域に特区が適用されるまでは至りません。そこで次のステップです。

--------
と、ここまで書いたのですが、長くなったので一旦区切ります。

次回以降、特区計画の認定申請と事業者が実際に特区の適用を受けるステップについて説明します。あとは、特区に関する情報へのポインタや、そういった情報の探し方の要点などもまとめられたらまとめます。いつになることやら。

余談

その1:酒税そのものについては「規制」ではないので構造改革特区の規制緩和の対象にはなりえない、というのが財務省、国税庁の見解です。例えば単純に「酒税を下げる」というような提案は、特区としてはまず通ることはないと考えられます。たとえば先程のどぶろく特区と同じ時期に提案されていた「酒類の製造の免許要件の緩和(特例税率の新設)」について、以下のようにバッサリ回答されています。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/kouhyou/050926/zaimu.pdf
構造改革特区推進のための基本方針(14年9月20日構造改革特区推進本部決定)において「従来型の財政措置を講じない」とされているところであり、当該要望は税制上の措置にあたるため、検討要請事項の対象とはなり得ない。

その2:最低製造数量基準の緩和について、特にビール類の場合は年間 6KL を下回る数字を目指すのは、現状ではさらなるハードルがありそうです。国税庁としては酒税免許に関して、それを受ける事業者のビジネスとしての採算性を重視していているようです。これは、酒税の特性として売上とは無関係に課税され、仮に全く利益が出ていなかったとしても移出した段階で納税の義務が発生するため、きちんと売れてビジネスとして採算が取れるような事業者でなければ、製造したお酒がすでに世に出回ってしまっているにも関わらず納税するお金がない、といった事態を招いてしまうから、という理由があるようです。そうした背景に対して、ビール類は特に初期投資や設備にかかる費用の比重が比較的に大きいため、あまり事業規模が小さいと事業の継続性に懸念が生じるということで、6KL からさらなる引き下げを求める提案は今のところは却下されています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?