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クラフトビールの定義の話題について、論点整理の試み

これまで何度か、クラフトビールの定義の話題が(ちょっと紛糾気味のものも含めて)盛り上がっているのを目にしている。渦中に飛び込むのも本意ではないので、状況が少し落ち着いたこのタイミングを見計らって、このあたりの論点を少し整理したい。いずれまた、この話題が盛り上がる日は繰り返すとは思うけど。

このノートでは、個人的な考えを示すより、状況を整理することに重点を置く。

これまでの議論、まとまった文章など

これまでの議論から、クラフトビールの定義にまつわる文章を書き記した方も多くいる。すべてを網羅はできないが、いくつか目にしたものをピックアップする。ここには適宜追記していく。

業界団体による「クラフトビールの定義」

一連の議論の中で頻繁に参照されるのが、Brewers Association (BA) の「Craft Brewer Definition」や、全国地ビール醸造者協議会 (JBA) の『「クラフトビール」(地ビール)とは』の2つの定義である。

こちらの BA はアメリカの業界団体であり、アメリカにおけるクラフトビールについて定義するものである。しかし、より一般性を持ってアメリカ以外のビールについても適用されるケースも見られる。

こちらは日本の業界団体である JBA による定義であり、これを日本国外のビールに当てはめるような議論はほぼ聞いたことがない。定義内で1994年の酒税法改正を前提としていることからも、日本国内のみに通用する定義と解釈して差し支えないであろう。

クラフトビールを巡る議論でこれらの定義が参照されるケースは広く見受けられる。少なくとも、日本国内におけるクラフトビール論議のスタート地点として参照するに差し支えない程度の一般性を認められていると見做すことができる。

これらは一般的に「クラフトビールの定義」として参照されることが多いが、上記リンク先でもいくつか指摘があるように、正確には BA のものは Craft Brewer の定義、つまり造り手についての定義であって、クラフトビールそのものを定義してはいない。また JBA の定義も、内容に沿えばこちらもビールではなくその造り手に関する記述であることが見て取れる。どちらも一定のメンバーの利益を代表する業界団体であり、そのため団体に参加可能なメンバーの範囲を定める必要性から、商品ではなくプレイヤーについての定義となるのは妥当なのであろう。

BA の Craft Brewer Definition の変遷

BA の Craft Brewer Definition は幾度かの改定を経ているため、その内容を詳しく議論する際はどのバージョンであるかを指定する必要がある。最新2022年3月現在では以下のような定義になっている。

Small : Annual production of 6 million barrels of beer or less (approximately 3 percent of U.S. annual sales). Beer production is attributed to a brewer according to rules of alternating proprietorships.
Independent : Less than 25 percent of the craft brewery is owned or controlled (or equivalent economic interest) by a beverage alcohol industry member that is not itself a craft brewer.
Brewer : Has a TTB Brewer’s Notice and makes beer.

BA の定義はこれまで何度か変更が加えられており、一番新しい変更は 2018 年に行われた Traditional の項目の廃止と、それに伴う Brewer 項目の追加である。廃止された Traditional の項目は次のようなものであった。

Traditional: that has a majority of its total beverage alcohol volume in beers whose flavor derives from traditional or innovative brewing ingredients and their fermentation. Flavored malt beverages (FMBs) are not considered beers.

廃止以前はアルコール飲料の生産量の大半(majority)が伝統的もしくは革新的な原材料からなるビールである必要があったが、新項目 Brewer によればビールを醸造してさえいればその占める割合は問われなくなった。これは、サイダー、ハードセルツァーなどビール以外のアルコール飲料の生産割合が増えてきたクラフトブルワーが出てきたためと言われている。

その Brewer 以前の Traditional の定義も変更を経ており、2014年以前はこのような定義だった。

Traditional: A brewer who has either an all malt flagship (the beer which represents the greatest volume among that brewers brands) or has at least 50% of its volume in either all malt beers or in beers which use adjuncts to enhance rather than lighten flavor.

また、Small の項目も過去に何度かの更新を経ており、現在の 6 million barrels of beer の上限は 2011 年までは 2 million barrels of beer であった。これは BA の主要メンバーである Boston Brewing 社の生産量が旧上限を超える可能性が出てきたために引き上げられたと言われている。

JBAの『「クラフトビール」(地ビール)とは』の変遷

JBAの『「クラフトビール」(地ビール)とは』は2018年に制定されている。これ以前に JBA による明確な定義はなかったようだが、1994年の酒税法改正に端を発する JBA の設立経緯から辿るとクラフトビールという用語自体がそもそも新しく、もともとは地ビールという言葉が用いられていた。クラフトビールをそのまま地ビールとイコールなものとして扱うことの是非ついてはまた別に議論のあるところである。

論点整理:業界団体の定義を軸とした四象限

クラフトビールの定義にまつわる議論に加え、様々にクラフトビールに言及されている文脈もあわせて見ていくと、BAおよびJBAの業界団体による定義に対するスタンスとして大まかに4つの方向性が見い出せそうである。1. 業界団体の定義を知っているか知らないか、2. 定義に沿うか沿わないか、この二軸から整理した以下の4つの象限である。

 - 業界団体の定義を「知らない」「沿わない」象限
 - 業界団体の定義を「知らない」「沿う」象限
 - 業界団体の定義を「知っている」「沿う」象限
 - 業界団体の定義を「知っている」「沿わない」象限

もちろん両軸とも程度によるグラデーションがあるので、4つのグループ分けではなく、あくまでも象限であることに留意いただきたい。以下、これらの四象限について説明する。

業界団体の定義を「知らない」「沿わない」象限
これは比較的カジュアルなスタンスでクラフトビールに言及する際に見られることの多い象限で、クラフトビールに定義が存在するという認識はなく、比較的大まかに「ライトラガー以外」であったり「外国のビール」「クラフトビールを謳うお店で飲んだことがあるビール」といったような形、あるいは中味に踏み込んで「味にクセのあるビール」としてクラフトビールを認識している例が挙げられる。おそらく、クラフトビールに触れ始めた初期にはここに近い認識から始まる方も多いのではないか。

業界団体の定義を「知らない」「沿う」象限
こちらも同じく比較的カジュアルなスタンスで見られ、クラフトビールに定義があることは知らない、もしくは業界団体の定義を明確には知らないが、結果として業界団体の定義相当のものをクラフトビールを規定する基準としているケースである。こちらも比較的大まかに「大手以外」というような形で理解されているように見受けられる。ただ、業界団体の定義を厳密に適用しているわけではないので、細かなところでズレが発生する。例えば、日本国外のビールについての線引きなどが挙げられる。

業界団体の定義を「知っている」「沿う」象限
クラフトビールの定義のことをある程度踏み込んで考えたことのあるような方は、この象限に当てはまるケースが多く見られる。上にリンクを挙げたように文章としてまとめるようなモチベーションのある方は、少なくとも業界団体による定義を認識して書かれていると想定して大きく齟齬はなかろう。そのため、この象限については比較的掘り下げた議論が多い。業界団体による定義を認識した上で、それを正とする立場であるが、それを是とする理由については市場把握などの実益を重視するもの、プレイヤーへのリスペクトに基づくエモーショナルなものなど、様々な考えがあるようだ。

業界団体の定義を「知っている」「沿わない」象限
業界団体の定義を把握した上で、さらに踏み込んだ定義を扱う象限である。議論が紛糾する場合は、だいたいここの象限に当てはまる言説が取り沙汰されるケースである。「知った」上で「踏み込む」ので、大抵はそこに何らかの思いや意図が込められている。一方で、業界団体の定義から逸れること自体を問題視する考え、込められた思いや意図についての異論などを呼び込むので、議論が盛り上がりがちとなる、という構図に見える。
踏み込み方についても、業界団体の定義に比べて狭める(??であればクラフトビールとはいえない)、広げる(??であってもクラフトビールとして差し支えない)、またはそれらの双方の要素を含む論など、様々見られる。また、業界団体の定義を是とした上でも、それを適用するべき範囲はどこなのか、その範囲に当てはまらない部分はどのような定義が適切なのかなど、更に踏み込んだ議論も見られる。

論点整理:ビール?造り手?ブランド?醸造所?事業者?それとも、文化?

そもそもの命題は「クラフトビールの定義」という形であり、「ビール」そのものの話のように見える。しかし、実際の議論を見ていくと、そこで論じられているのはビールであり、その造り手であり、またその造り手が所属しビールを世に送り出している企業であり、もしくはそれらを包括する文化の話にまで及ぶ。

業界団体による定義については、その内容については比較的共通認識を持った上で論じられているように思えるが、その適用範囲の違いを明確にした議論はそれほど多くはないように見られる。実際、BA の定義をそのままビールそのものに適用するケースは本当によく見かけるが、ブルワーの定義をビールに当てはめるステップの妥当性を検討する議論はそれほど多くない。それぞれ違うドメインを論じているものが「クラフト」「ビール」「定義」という共通キーワードだけで同一視されてしまったために生じる混乱である。

このあたりのドメインをきれいに整理して議論の土俵を一本化することは、それ自体が定義問題の根幹を成すため容易ではないが、それでも、その時に論じている内容がどの要素を指すものなのか、その論はドメインを越えても適用できるものなのか、適用するとしたらドメインをまたぐ際にどのような写像を経る必要があるのか(例えば、クラフトブルワーが作るビールはすべてクラフトビールである、と見做すべきなのか?)、それが妥当と言えるのはどういった範囲なのか、といったあたりの整理が不十分であるために生じている混乱も少なくなさそうである。

論点整理:定義の適用範囲、統一定義の必要性

ある定義によるクラフトビールという用語を、どのような文脈で使用できるのか、使用すべきかについても議論が分かれている。市場調査、マーケティング、飲み手がビールを選択する際の指標、クラフトビールそのものへの思い入れ、プレイヤーへのリスペクトなど、論によっていろいろな文脈がある。またそういった全てに共通する統一定義を適用すべきという考え、それぞれ異なる定義を許容する考えなど様々である。

業界団体による定義をすべての場面で尊重すべきというのは比較的よく目にする考えではあるのだが、統一定義を求めるその形式の上では、実は比較的ラディカルなものと位置づけることもできよう。そのもう一方の極としては、そもそもクラフトビールという言葉自体がすでに役割を終え、その定義ももう不要なのではないかという考えもみられる。

クラフトビールの定義、エッジケースたち

上で述べたような業界団体による定義を踏まえた上でもなお、それらは国、時期による違いがあることはすでに述べた。ここでは、地域や時期の異なる定義を適用すると結果が揺らいだり、全てではないが一部の項目には当てはまる、といったような、エッジケースを挙げていきたい。もちろん、いずれかの定義を適用することで何らかの結論は定まる。しかし、適用に選んだ定義と、それによりどのような結論が導かれるのかを考察することの意義はあると考える。

生産量が拡大してきたクラフトブルワリー
これはBAの Small の定義の変遷で述べた理由そのものだが、例えば Boston Brewing は現在の生産量に基づくと 2011 年以前の BA の定義ではクラフトブルワーには当てはまらない。

ビール以外にも事業を拡大してきたブルワリー
BA のTraditional が Brewer に置き換わった理由でも述べたが、サイダーなどビール以外のアルコール飲料の生産量がMajorityを占めるようになった場合は、2018年以前の Traditional の定義に照らすと当てはまらない可能性が出る。

クラフトビールブランドの大手設備による製造
具体例はヤッホー・ブルーイングが挙げられる。よなよなエールは、日本国内のクラフトビールを牽引してきた主要なブランドの一つであることは広く認められるであろう。現在、ヤッホー・ブルーイングのビールの一部はキリンビールの醸造設備で生産している。

日本酒メーカーによるクラフトビール
JBAの定義は1994年以前からの大資本の大量生産のビールからの独立を条件に設けているが、ビール以外、例えば日本酒については問われていない。一方、BAの 2014-2018の Traditional の定義はアルコール飲料生産に占める規模で規定されており、日本酒の生産量がMajorityであるような酒蔵によるブルワリーの場合は定義に当てはまらない可能性がある。

日本の大手ビール会社の生産量
現在の BA の Small の定義は 6 million barrels はリットル換算するとおよそ70.4万KLとなる。一方、日本のビール大手の一つであるサッポロビールの2021年におけるビールカテゴリの年間生産量はおよそ48.4万KLである。BA の定義によると Small に当てはまる一方、JBA の定義では生産開始年をもって定義から外れる。

サッポロクラシック 富良野VINTAGE
ブランド名を名指しして恐縮だが、サッポロビールのサッポロクラシックは北海道の千歳工場で醸造され、一部イベントやフェアなどでの道外消費を除いたほぼ全量が北海道内で消費されている。さらにそのエクステンションの富良野VINTAGEは、その原材料までもが道内の上富良野町で生産されたものを使用している。 JBA の「地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている」という項目にまさにふさわしいビールと言える。

大手ビールメーカーの少量生産設備
生産設備を複数持つブルワリーもある。JBA の定義にある「1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下」という条件が、事業体としてのブルワリーが所有するすべての醸造設備についてなのか、20キロリットル以下の生産設備が一つでもあればよいのか、20キロリットル以下の生産設備で生産されたもののみであるのか明確ではない。「ビール」の定義にその実「造り手」を置いていることによるねじれの一つである。大手ビールメーカーも少量生産設備を持つ場合がある。例えば、スプリングバレーTOKYO(キリンビール、東京都渋谷)、初期のホッピンガレージ(サッポロビール焼津工場)などは大手であっても小規模設備により生産されたビールである。

大手ビールメーカー流通に乗るクラフトビール
これは定義上の疑義があるわけではないのだが、たまに同じ文脈で言及されるのを見かけるので挙げておく。具体的にはキリンビールの Tap Marche である。生産は業界団体の定義に当てはまるクラフトブルワーの手によるが、流通及び提供機材は大手ビールメーカーが提供するチャネルに乗るものである。中味如何ではなく、提供形態により「クラフトビールではない」という評価がなされているケースが見受けられて興味深い。

以上、目耳にしたものを中心にいくつか思いついくものを挙げた。いずれも、適用する定義をどれか決めれば、クラフトビールであるかではないか、結論が導けるものがほとんどである。そのうえで、その定義を選ぶことによる意図せざる意図性によって抜け落ちるものはないのか、ということを考える例として提示した。その定義を選択すること自体の主体性に目を向けることで、クラフトビールの定義にまつわる話題が更に実りあるものとなればと思う。

まとめ

以上、クラフトビールの定義の話題について、論点整理を試みた。できるだけ個々のスタンスの是非には踏み込まず、議論されている内容の位置づけを整理するようにしたつもりではある。しかし、個人的スタンスは「クラフトビールの定義は複数あってもよく、それらはその適用範囲と、そう定義することの意義とをあわせて初めて意味を持つ」「クラフトビールを定義する試みは、結局行き着くところ業界寄りのプラグマティックな話であり、飲み手、ビアファンは定義に過度にとらわれる必要はない」という考えなので、それによるバイアスが紛れ込む可能性が排除しきれない点はお断りしておく。

いずれにしろ、クラフトビールにまつわる話題が紛糾するのではなく、建設的で実りあるものになり、さらに充実していくよう願って止まない。

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