二十歳のつどいに行かなかった話
なんか暗い話が出てくるので読むのは気をつけたほうがいい。
それでもいいの?
ありがとね
↓本編スタート
混乱を避けるために先に言っておくと、私は二十歳ではない。タネを明かせば単純で、私は早生まれなのである。現在19歳で誕生日は3月30日。ギリギリすぎてウケるね(誰か祝ってください)。
18歳から成人になり、選挙権を得られるというニュースを最初に聞いた時は、自分が「18歳側」になるのかどうか不明瞭でよくわからなかった。が、実際よくわからないままにその日はやってきたのだ。
私個人が19歳だったとしても小中学校のクラスメイトや同世代の人々のほとんどは20歳なのである。それ故に、かつて「成人式」と呼ばれていた「二十歳のつどい」というイベントの手紙が今年度に届いた。でもそれが届いたのが11月辺りで、なんとなく「こんなもんいらねーよ、しかもお知らせ早すぎだろ」とそのまま捨てていた。
そして、2024年1月。たまたまエックスを見ていると、小学生の頃からの友人がこんなことを呟いていた。プライバシーを守るために一部のみ抜粋。
「成人式行ったけど、████……」
ん?
成人式?
何それ知らない知らない知らない知らない!!怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
……(熟考)
いや、お知らせ来てたわ。捨ててたんだわ。
そういうわけで図らずも、私は「二十歳のつどいに行かなかった」タイプの人間になったのである。しかし、二十歳のつどいに行かなかったらなんなんだよ、という話でもある。それだけで人間性が変化するなら、今頃世の中は個性の洪水を起こして凄まじいほどの多様性が認められているんじゃないか。
そりゃあ、古い時代では、成人を迎えるための式典というのは宗教的にも社会的にも重要だったと思うが。法律というものが浸透していなかった頃に、子供と大人の差を明確に分けるためにも「儀式」が必要だったはずだ。しかし、今はどうだろう。法律というものがあるではないか。しかも最近変わったりしたじゃないか。
キリスト教の洗礼みたいな、この国の文化を育てる強い宗教的な意味合いが今も続いていたとしたらまた話は変わるだろうけれど、そういう宗教の儀式という意味合いも薄い。スーツとか振袖を着て、偉い人が演説するタイプの式典を執り行って、なんか昔の友人と会う。それ以上も以下もない。
なら、行く必要もないだろう。昔の友人と会えると楽しい、とは言うけれども、SNSが発達した現代に、わざわざ過去の関係性を掘り返す意味はあるのか。
しかしながら私はそういう無駄な文化を無くせ、効率を求めろ、全て滅ぼせ!と言いたいのではない。いくら意味合いが薄いとはいえ、宗教云々は関係なくこれも一つの「儀式」で祝いごとみたいなものだ。それこそキリスト教徒でもないけどクリスマスを楽しむ、みたいな。それをいきなり撤廃するのもあまりよくないとは思う。
それでもなぜ私が二十歳のつどいに行かなかったかと言うとこれは至極単純な話で、そう。自分のため。自分自身の都合のためとしか言いようがない。私は幼稚園児の頃から中学を卒業するまで、ほぼ面子が変わらない狭いコミュニティで育った。でもただの田舎じゃねえぞ、ド級の田舎ド田舎というわけでもないので因習村よろしく地域ぐるみの暴力というものはなかったのだ。むしろ誰からの干渉もなく、孤独であった。
私はちょうどよいスケープゴート、つまりいじめられっ子だったのである。
いじめられっ子、というとなんだか軽い調子でいけない。ジャイアンに「やいのび太!」って言われてるみたいな。大人からはどう見えていたかわからないが、少なくとも子供の頃の私から見ればそんな牧歌的な雰囲気ではなかった。靴を隠され、お気に入りのものを盗まれ、殴られ蹴られ、座ろうとしたら後ろの椅子を引かれて床に頭を打ち、暴言だの罵詈雑言は当たり前。教師に相談しようとしてもなぜか私が大声で叱られる始末。
現在は色々あって健康になりつつあるが、当時を思い返すと小学生の頃の時点でうつ病や適応障害と思わしき症状(吐き気、食欲不振、睡眠障害、パニック発作、希死念慮など)に脳が支配されていた気がする。小学校低学年の頃は無邪気でエネルギーが有り余るパワフルな子供だったが、それからずっと他人と関わる気力もなく、ただ「どうして自分はみんなの輪に入れないダメ人間なのだろう、いっそ消えてなくなりたい」と自己嫌悪に溺れていた。大人たちは多分ただのシャイな子供だと思っていた。
大人に相談しようとしても、そもそも自分の状態が健康なメンタルではないと気付けない子供が健康でいられるわけもなく。私は小学6年生で不登校になり、そのまま中学もほとんど学校に行かないまま卒業した。
そしてその時の傷を、苦痛を私はいまだに引きずっている。19歳になっても、いまだに自分が教室で周りから自分自身を否定される悪夢を見るのだ。通信制高校に入学したが、教室や家で勉強をする、という行為そのものを身体が受け付けず、辛い記憶がフラッシュバックして吐いてしまうこともあった。ちなみにその高校は中退して精神科の病棟に入院した後に、今は違う高校に入り直している。
つまり、当時教室で私をいじめていた人間もいじめられている状況を止めなかった人間も、総じて健全な子供の心を破壊して追い詰めた人々なのだ。言うなれば健全な人間の精神を殺した殺人犯。そのくらい怨んでいる。
私がこうして過去の傷が痛みながら高校の勉強をしている時も、クラスの人々は今大学とか専門学校でキャンパスライフを謳歌してると思うと……許゛さ゛ん゛!゛!゛(仮面ライダーBLACK RXがリボルケインを取り出すgif)
※リボルケインとは、仮面ライダーBLACK RXが使う武器。これを身体に刺されるとエネルギーを流し込まれて爆発する。相手は死ぬ。
というわけで、私は二十歳のつどいに行かなくて正解だったと思うのだ。あまりの憎しみでアヴェンジャーのサーヴァントになって全体宝具を放ってしまうからね。
成人式、二十歳のつどいにバイトとか仕事の予定入れてて行けなかったとか、別に友達いないのに行ってもなと思ったとか、そんな人もたくさんいると思います。イベント一つ行かなかった程度で全身が爆発して死ぬとかそんなことありえないので、大丈夫です。この記事がそんな人の支えになれば幸いです。一緒に生きよう。人殺しになる前に。
読んでいただき、ありがとうございました。
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