私を美穂子と呼ぶ女

 「友だちと恋人の違いはね、一緒にいるときに楽しいか、一緒にいないときに寂しいかの違いなの」

里実がそう言ったのは、彼女の、あの人は友だちでしかないの。という言葉に、私が、その違いってなんなの?と聞いたからだった。

「私は、里実と遊んでから帰り道の電車で、いつもちょっと寂しいと思うよ」

そう言うと、里実は、「だって美穂子は優しいから」と言って、少しだけ笑った。

安川美穂という名前で、皆からやすちゃんと呼ばれていた私を、里実だけはいつも美穂子と呼んだ。あだ名って普通、短くしたりして呼ぶもんじゃないの?そう聞いたときに、でも、美穂子は美穂子だもん。と言ったというエピソードは、彼女という人をとてもよく表しているように思う。もっというと、そのときの里実のにやにやと笑った顔こそが、私の大好きな彼女なのだ。

「里実はさ、結婚したいんでしょ?どんな人と共に生きたいの?」

「ふふっ。共に生きるって大袈裟。やっぱり美穂子は面白いね」

「んー、そうかな?ねぇ、どういう人?」

「そうねぇ、改めて聞かれると難しいけど。やっぱり、一緒にいて落ち着く男かなぁ」

「一緒にいて落ち着く男、ですか」

「あー今、何か月並みでつまらない!とか、思ったでしょ?でも、そんなもんなのよ。そういう美穂子は?どうなの最近」

「うん、まぁ。ね。」 

「美穂子はさ、そうやっていっつも、自分のことは話したがらないよね。まぁいいけどさ」

「そうかな、ごめん。だけど、私はまだあんまりちゃんと考えたことなくて。でも確かに、一緒にいて落ち着く人、が好きかも」

「あっねぇ、今誰かのこと思い浮かべてたでしょう?いい人いるんなら、まぁ、気が向いたらまた教えてよね」

「えー?そんなんじゃないよ。うん。できたらね」

「やったー!できたら、ねっ」

そう言ってにやにやと笑って線になった里実の口を噛んで、すべてを壊してしまいたい。時々、そう思う。私なんて、彼女に嫌われてしまえばいい。昨夜も、彼女に会える今日が楽しみでならなくて、シーツを汚してしまったこんな私を、彼女に嫌ってほしい。だけど、
私は彼女に嫌われてしまうこともできない。私を憎んで、私のことしか考えられなくなった彼女のことだって、どうせ愛してしまうから。好きでどうしようもなくなって、彼女をもっと汚してしまう。そうしたら私は今以上に里実のことしか考えられなくなって、スマホに録音した、私のことを呼ぶ声だけに耳を塞がれて生きてしまう。

「ねぇ、私、里実が結婚してもきっと、里実のことが好きよ?」

目を見てそう言ってみる。

「何言ってんの?私だってずっと、美穂子のこと、愛してるわよ?」

「ふふっ。里実は優しいね。ねぇ今の、愛の告白みたいじゃない?」

そう言って、鞄の中のスマホをぎゅっと握りしめる。

「確かにそうね!あははっ、ロマンチック〜!」「あっねぇでも、優しいのはあなたに似たのよ?」

いたずらっぽく笑う里実のことが、非常に憎らしくて笑う。


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