かっぱ

 1年くらい前から、クラスメイトに河童と呼ばれるようになった。理由は、私がきゅうりを好きだと言ったからだった。恐らくクラスの誰も見たことがない河童に、クラスの皆と会っている私が、似ていると言われたことがとても可笑しかった。河童という生物が一様にきゅうりを好きなのかも、そもそも実在するのかさえも分からない。それなのに私を河童と呼ぶことは、可愛げだけに依存した、いかにも子どもらしい行為だ。

 ナツメちゃんは、皆にナスビと呼ばれている。なんでも、顔がナスビに似ているからだそうだ。「私には、ナツメちゃんの顔は人間の顔にしか見えない。ナスビはお野菜だから似てなんていないよねー?」ってナツメちゃんに言ったら、男子から、「うわ、ひっでぇの(笑)」「いじめちゃダメじゃん(笑)」と言われた。私はただ本当のことを言っただけなのに、変だ。なんで男子たちに笑われたのかも、ナツメちゃんの目と顔が赤くなったのかも分からなかったけれど、その次の日から、私はナツメちゃんのことをナスビと呼ぶようになった。

 「私ね、皆に河童って呼ばれてるの」と言うと、お母さんは、悲しそうな顔をした。「きゅうりが好きだから河童なんだって!ね、面白いでしょ?」私がそう言うと、お母さんはじっと私の目を見た。「あなたは河童じゃあないわ」と言って、お母さんは泣いた。なんだかまるで、河童と会ったことがあるみたいな口調だった。大人は、当たり前のことを声に出して言う。まるで確かめるみたいに、誰かに聞こえる声で言う。

 「お母さんは、河童を見たことがあるの?」聞きたかったけれど、なんだか聞いてはいけない気がした。泣かないでと言いたくても、お母さんの涙を奪う権利なんて私にはない。仕方がないから、私も一緒に泣いていたら、お母さんは私に、泣かないでと言った。それを聞いて私は、お母さんは私のお母さんなんだなと思った。

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