苦夜

 どんなに強く突き放しても私はあなたを忘れられなくて、また傷つけたいとかまた傷つけられたいとかそんなことさえ、考えついてしまうのです。ただ空を見上げただけで零れる涙に味がなければ、少しくらいは笑えたのでしょうか。

 もう今の生活にも慣れたから、大丈夫だと思っていました。だけど癖というのは抜けないもので、記憶はなくならないものです。好きだった。そのたった5文字くらいのせいで、私は私にもう戻れないのです。会わないと忘れられるけれどたまに見かけてしまうせいで、その度に見つめてしまうのです。思い出して、やっぱり好きだと思ってしまうのです。また顔を見ることが出来てよかったと無意識に思って、それが意識にのぼる頃にはもう会いたくて仕方がなくて、壊れてでも交わりたいと願ってしまう、そんな夜はなんと苦しくて愛おしいものなのでしょう。

 さようなら。言い訳みたいに呟いた言葉をアスファルトが吸収するのを待っているまでの間でさえ、その冴えない顔を思い出しているのですよ。もう二度と会えなくたって一生愛しているでしょうけれど、私たちの天ノ弱が治ることも、この思いの長さと同じくらいはなさそうですね。好きで好きで苦しいのです。ただそれだけの私なのです。あなたはきっと忘れてくださいね。忘れられるといいですね。

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