あの瓶の中のあの透明の

 スイカの種を飲み込むと、お腹で種が育って口から芽が生えるからちゃんと吐き出すんだよ。そうおばあちゃんが言っていたことを思い出したのは、ラムネの瓶に入ってたビー玉を手に取り出したからだった。私はスイカが好きじゃないから、言われていたのは従兄弟とかお兄ちゃんとかで、スイカを好きな従兄弟のことも、こどもだましを言うおばあちゃんのことも、変だなぁと思っていた。

 ラムネの瓶、って言ったけど、目の前にあるそれは瓶じゃなくて、分類上はPETだった。取り出したビー玉も、分別のためか取り出しやすいようになってしまっていて、あの取り出せないもどかしさが懐かしい。回したら簡単に開いてしまう飲み口から取り出した透明のビー玉。暫くはただ眺めていたけれど、なんとなく、それを口の中に入れてみた。そしてコロコロと口の中で転がしてみた。何の味もしない飴玉みたいなそれは、舐めていると少しずつ小さくなった。「飲み込まければ、大丈夫」そう呟きながら、幼き日のお兄ちゃんの口からスイカの実が生えてくるのを想像して、なんだか不安になった。

 そんなことを考えているうちに、遂に、口の中にいたビー玉は溶けて消えてしまった。手に取り出したときに、飴玉みたいにベタベタしていた訳でもないのに。

 1週間が経って、2週間が経って、3週間が経った。そうして忘れかけていた頃に、私の体は何だか変になってきた。スネをぶつけたときに、カッという乾いた音がした。気にせずに過ごしていたけれど、なんだか自分の体が自分ではない気がする。好きな人の手に触れたときに、君の手は硬くて冷たいね、と言われた。

 どうやら私の体は知らない間に硝子化してきているようだった。もし少しでも大きな衝撃を受けてしまったら、私の体はきっと割れてしまう。ずっと憧れていた普通の幸せが、もう叶わないもののように感じられて、悲しくなった。硝子人間となった私を、誰が愛してくれるだろう。仮に良い人と結ばれたとしても、私は自分の子どもを授かるのが怖い。もしも子どもが普通の人間として産まれてきてくれたとしても、私はいつの日かあのビー玉に、ラムネのボトルの上の方を彷徨うあの幽霊に、なってしまうかもしれない。そうしてそれを舐めた誰かの体に溶けて消えて、私は私ではなくなってしまう。お母さんだよ、って、何度声をかけても不審にみられて、私はお母さんに捨てられたんだもの。って冷たく言う我が子の人生を、私は憂いでしまうことでしょう。

 起こってもいない不幸に馳せる理由が、現実の幸せに所以するのなら、私も毎日を笑って生きられたのかしら。毎日笑顔を作っている。その作業はお菓子作りみたいで、決められた分量通りに作り続けるだけだった。そして不意にふるいにかけられる。そこで取り残されたら、潰されて終わりだと聞いた。

 私はあのビー玉になりたかった。ずっとずっと、なりたかった。透き通ってなんの不純もない、あの硝子玉になりたかった。近いようで限りなく遠くて、触れないことで綺麗であり続ける。手を伸ばせば届くはずなのに決して触れられない。だからこそ愛狂おしい。

 真夏の和室、すだれと扇風機で我慢したご褒美の、透明の瓶の中で気高く咲く美しさの塊。私はいつかのあの透明になりたかったの。

 今までずっとありがとう。

 

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